「展示のチカラ」第1回
「三次元のメディア」としての展示のつくり方
Date: 2022.03.23
それらの展示は、ただモノを並べているだけではありません。大学では「展示論」という科目があるほど、実は奥が深いものです。展示を通して伝えたいメッセージが受け手に届くよう、数々の工夫が凝らされています。
このコラムでは、さまざまな文化施設のデザインを手がけてきた当社コミュニケーションデザイン局 シニアクリエイティブディレクターの加藤剛が、展示にまつわる手法やアイデアなどを紹介していきます。
第1回は、空間メディアとしての展示の考え方やつくり方、メッセージを最大限に伝えるための方法などを紹介します。
目次
- 工夫を凝らしたさまざまな展示方法をご紹介
- 企業ミュージアムの事例を
ご紹介
展示の進化と企業ミュージアム
まず、「展示」がどのように進化してきたのか、商業系、産業・文化系といった視点でそれぞれの歴史を振り返ってみましょう。
展示そのものに関する理解を深めることは、企業ミュージアムの「展示」を考えるうえでも役に立つことがありますので、予備知識としてぜひ知っておいていただければと思います。
商業系の展示は、江戸時代の呉服店の売り方の変遷からその歴史を見ることができます。当初は顧客の希望する品物を蔵から持ち出して畳に並べて選んでもらう「座売り」と呼ばれるスタイルでしたが、やがて「見世棚・店棚(みせだな)」に並べて売る「棚売・店売(たなうり)」に変化していきました。それが「店」の語源になったともいわれています。
モノを陳列しておくという形態によって、買い手が店内を巡ってモノを探し購入するという買い物のスタイルが誕生し、通りに面した見世棚は今のショーウインドウへと発展しました。
一方、産業・文化系展示は、江戸時代に秘宝や天然奇物を見せた見世物や、江戸末期から明治期にかけて盛んに行われるようになった博覧会が原型といえます。当時の博覧会は、商工業の振興や商品流通の促進を目的としており、製造物、美術、機械、農業、園芸といった部門ごとに展示されました。その形態は興行的なイベントが中心で、現在の博覧会や各種展示会などはその流れを汲んでいるといえるでしょう。また、そこから、貴重なものや文化的価値のあるものをガラスケースの中に陳列して恒久的な展示を行う博物館が誕生しました。
その後も商業系展示では来館者の興味喚起を促す見せ方に趣向を凝らし、産業・文化系展示、特に博物館などでは来館者に対して多種多様なものをより明解に示すための分類方法や陳列の仕方に工夫や配慮を施すといったように、目的に合わせて展示も徐々に進化してきました。
なお、現在の博物館では、「調査・研究」「収集・保管」「展示」「教育普及」の4つの機能が求められています。「展示」は、専門性の高い調査や研究といった学術的な成果と社会一般の人たちとの接点=出会いの場として、博物館の重要な役割を担っています。
企業ミュージアムは、ときに専門的で難解に感じられやすい自社の活動や歴史、製品をわかりやすく伝える文化的側面と、企業や製品そのものへの興味・関心を喚起する商業的な側面を併せ持っています。伝えたいメッセージを来館者により印象的に届けられる「展示のチカラ」がいかんなく発揮される場ともいえるでしょう。
展示を考える時に欠かせない「情報の編集とストーリーづくり」
展示のチカラを最大限発揮するために最初にするべきことは何でしょうか。それは「情報の編集」です。伝える相手と伝えたいメッセージを明確にし、それらがブレないように展示の「コンセプト」を定めます。
そしてそのコンセプトに応じて、必要な情報を収集・分類・整理し、優先順位をつけていきます。
次に、それらの情報をどう見せるのかというストーリーをつくります。それは小説家や映画監督が作品をつくっていくのと似たような作業かもしれません。
小説家はテーマについて調査をし、章立てをつくり、読者をグイグイと惹きつける仕掛けを散りばめます。映画監督なら、テーマに即したコマを撮り、それをどういう順番で見せていくか、最も効果的で印象的な構成を考えます。展示も同様です。断片的な情報をただ羅列するのではなく、見る人を惹きつけ興味を持続させ、記憶に留めてもらうストーリーづくりこそが魅力的な展示をつくる要です。
最適な「動線」を考える
コンセプトに沿って情報を整理し、ストーリーを組み立てたら、いよいよ空間の中に落とし込んでいきます。
メッセージの「伝え方」を定める最初の大事なポイントになるのが「動線」です。ここでは、動線の代表的な2つのタイプを紹介します。1つは「リニア型」、もう1つが「プラザ型」です。
リニア型は、順路が決まっている一筆書き動線です。巡り方を強制される不自由さはありますが、明確でわかりやすく、すべてのものを逃さずに見て回ることができます。遊園地の「お化け屋敷」は、究極のリニア型動線といえます。
プラザ型は真ん中にシンボリックな広場があり、その周りにいろいろなテーマゾーンが配置されます。東京ディズニーランドは典型的なプラザ型です。シンボリックなシンデレラ城をハブ(中央拠点)として設け、周りのテーマエリアと行き来したり、テーマゾーンを周遊したりする構成です。シンデレラ城というシンボルのおかげで迷うことはありませんが、強制動線ではないので、回り方によっては見逃すものがあるかもしれません。
誰に対しても同じ資料や情報をくまなく一様に見てもらいたい企画展のような展示にはリニア型が適しています。一方、プラザ型は来館者自身が興味に応じて自由に巡り先を選択できるので、比較的リピーターを重視した展示向きといえます。こうした特性を踏まえて、最適な動線を計画していきます。
プラザ型導線(左)とリニア型導線(右)
記憶に残る展示のキーワードは「インスタレーション」と「インタラクティブ」
ここからはさらに魅力的な展示にするための仕掛けについて考えてみたいと思います。
優れた展示の指標はさまざまありますが、見終わった後にも来館者の記憶に長く残るものというのは魅力のある展示といえるでしょう。
そのためには、資料をただ陳列するだけではない独創的な演出が必要です。代表的な例としてインスタレーションを組み合わせるといった手法が挙げられます。インスタレーションとは映像や音響、光などを使った、空間全体を五感で体感できるアートを指します。これをうまく展示に応用することで、陳列のみの場合と比べて何倍ものインパクトを与えられます。
また、印象的な展示には、「インタラクティブ(双方向)性」、つまり「参加」や「体験」という要素も重要です。例えば「土器パズル」という展示アイテムがあります。土器のかけらに磁石を付けて発掘されたままのバラバラの状態で置いておき、来館者にかけらの部位を型に貼り付けて復元してもらいます。自ら考えアクションを起こすことによって、単に土器を陳列して紹介するよりずっと記憶に残る展示になります。
通常展示と土器パズルのイメージ(右)
左のような置くだけの展示では、単に見るだけとなり、印象が薄い。
右のように手と頭を使った体験展示は様々な感覚を刺激するため、伝達できる情報量も多く、記憶にも残る。
展示空間は「三次元のメディア」になる
これまで紹介してきたように、展示は編集された情報を伝達するツールであり、メディアであるといえます。そのうえ、書籍や映画などが二次元であるのに対し、展示は空間を介した三次元のメディアです。
空間では、モノを据える、映像・音響を加える、人的コミュニケーションを交えるなどの複合的な表現・演出も可能であり、一つの空間の中に複数の手法を組み込むこともできます。
さらに、奥行き感のある実空間の中を、来館者が移動しながら情報を得ていくという点も二次元メディアにはない特徴です。
膨大な情報があふれる現代において、自社の多岐にわたる事業内容や多様な取り組みを社会に知っていただくために、さまざまな工夫が必要になっているのではないでしょうか。そのような状況だからこそ、より強くメッセージを伝え、長く記憶に残すことができる「展示のチカラ」が重要性を増してきているのではないかと思います。
次回は、より具体的な手法・技術についてご説明いたします。
加藤 剛
プロモーション、商業施設設計を経て、現在は主に文化、コミュニケーションスペースのデザインディレクションを手がける。「背景にある物語」「おもてなしのサプライズ」「空間における皮膚感覚」を大切に、「訪れた方の人生をちょっとだけゆたかに」する施設づくりを心がけている。