コラム

VRの活用事例をご紹介|特別な世界を「見せる/魅せる」導入例

VRには、通常は見ることのできない場所・体験できない物事を仮想現実のかたちで伝える力があります。ここでは、企業ミュージアムや展示用空間などの施設でVRを活用した事例をご紹介します。


※このレポートは2024年9月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。


VRで歴史探訪:その場所の物語を見せる、通常は見ることのできない場所を見せる

歴史や文化を臨場感たっぷりに伝える2つのプログラム

368mの高さを誇るベルリンテレビ塔は、ベルリンで最も高いビューポイントであり、毎年120万人以上の観光客が訪れる人気スポット。東ベルリン時代の1969年に完成した建物は現在、展望台の管理運営を専門とするマグニシティ社が運営しています。塔内エントランスで楽しむVR体験「ベルリン・オデッセイ」を2022年に導入し、その後も新作の「ベルリン・オデッセイ テレビ塔発見」と合わせてふたつのプログラムで好評を博しています。

「ベルリン・オデッセイ」は、9世紀にわたるベルリンの歴史をたどる所要15分のタイムトラベル。中世から帝国時代、東西分断を経て、現在に至るまでの都市の発展を体験できます。一方、「ベルリン・オデッセイ テレビ塔発見」は、ベルリンテレビ塔とその周辺をめぐる12分間のエキサイティングな遊覧飛行。塔建設の歴史を間近で体験し、通常は入れない場所も見られます。

いずれも体験時間は比較的短く、子ども(対象年齢は6歳以上)でも飽きずに楽しめます。料金は、それぞれ大人約4,870円(29.50ユーロ)、子ども約3,220円(19.50ユーロ)。チケットには展望台の入場料が含まれます。

展示用空間をVR体験用スペースとして再整備

VRを手がけたのは、望遠鏡の形をした歴史体験系VR設備で知られる仏企業、タイムスコープ社です。街のランドマークであり、東西ドイツ統合の象徴であるこの場所の物語を伝えることを目指したそう。元々エントランスにあった展示用空間をVR体験用のスペースとして再整備し、体験者が座る階段席で設備機器を囲み、架空の広場となるようデザイン。また上階エリアにはテレビ塔についての展示コーナーを設け、映像やインタラクティブな都市模型を通して、街と塔の歴史を紹介しています。

VRを導入することで展望台に付加価値をプラス。エントランスのVR体験で歴史や文化をダイジェスト的に知ることで、その後見る景色や展示がより有意義なものになるはずだ。

VRのフライトシミュレーター:スペシャリストの世界を体験型コンテンツとして見せる

航空産業の一大拠点にある内容充実の博物館

アエロスコピアは、フランス北部の町、トゥールーズの玄関口であるトゥールーズ・ブラニャック空港の敷地内にある航空博物館です。歴史的飛行機の展示を中心に、航空産業の歩みを伝えるほか、トゥールーズはヨーロッパにおける航空産業の一大拠点ということもあり、隣接するエアバス組み立て工場の見学も可能という、航空ファンにはたまらないスポットとなっています。そんなアエロスコピアで2024年、自ら操縦桿を握ってアクロバット飛行に挑戦するVRのフライトシミュレーター「アルファ=シエラ」の提供がスタートしました。

能動的に飛行機操縦が楽しめるVR体験

このVR体験では、架空の飛行クラブ「アルファ=シエラ」のメンバーとして、曲芸飛行機の代表的機種「エクストラ 300」に乗り込み、トゥールーズとその周辺を飛行できます。同席するフライトインストラクターが指揮をとり、体験中にクラッシュ(衝突などの事故)が起きても再び離陸して続けられるので、誰でもすぐに操縦に慣れることができます。各々の座席とVRゴーグルが相互に接続されているため、仲間と同じ世界を飛び回れるというのもこのプログラムならでは。連隊を組んだりチェイスしたり、エキサイティングな飛行体験が楽しめます。体験の様子と映像の内容はこちらの動画で垣間見ることができます。

体験時間は30分。料金は1名約3,140円(19ユーロ)です。各回の定員は5名で、10歳(身長130㎝以上)から参加可能。終了後には飛行証明書が発行されるというのもうれしい特典です。

最先端の技術やスペシャリストの監修によりリアルを追求

このVR体験の構想期間は約3年。アクロバット飛行の国内チャンピオン、ファニー・ヴィアラールが監修を担当し、現実さながらのリアルな世界をつくり出しました。「アルファ=シエラ」という名称は、アクロバット飛行の世界で使われるAS(「エース」の意味)と、施設名を構成する語(aéro、scopia)の頭文字に由来しています。

また、VRの内容は博物館のプログラムと対応させることも可能。例えば、アエロスコピアのイベント「コンコルドの日」には、「白鳥号」(1927年に無着陸での大西洋横断を目指したが行方不明となった伝説の飛行機)に乗ってニューヨーク~パリ間を飛ぶことができます。イベントに合わせて内容が変わるので、何度来ても楽しめます。

アトラクションさながらのエキサイティングなVR体験。リアリティを追求した航空博物館ならではの高いクオリティが、飛行機好きな子どもたちはもちろん、マニアックな航空ファンの心までがっちりと掴んでいる。

VRでアスリート体験:企業のスポンサーシップをエンタメ感のある方法で見せる

多様なスポンサーシップとコンテンツ制作力に支えられたローカルプロジェクト

レッドブル・メディアワールドは、世界のエナジードリンクの中で最も高い市場シェアをもつ「レッドブル」で知られるレッドブル社のローカルプロジェクトのひとつ。スイス交通博物館の一角を構成し、同館とレッドブル・スイス及びレッドブル・メディアハウスのパートナーシップを体現しています。広大なスイス交通博物館の内、元々メディアをテーマにしていたエリアを引き継ぐ形で2016年に誕生しました。レッドブルの製品は本社のあるオーストリアのほかスイスで採れるアルプスの水を使用しており、スイスとも深い関わりがあるといいます。

レッドブル・メディアワールドの訪問者は、独自のメディアテクノロジーを試したり、レッドブル・アスリートたちの功績と物語をリアルに体験したりすることができます。施設は複数のエリアからなりますが、とくに注目したいのは、VRを活用した「ジ・エッジ=マッターホルンVR」と「ウォーター=ブレイキング・ザ・サーフェス」の2つのコンテンツです。

最新技術を駆使したリアルなクライミング体験

2021年にスタートした 「ジ・エッジ=マッターホルンVR」は、マッターホルンからの息をのむような眺めを堪能できる、世界で唯一のVRクライミングです。最新のトラッキング技術、VRゴーグル、風シミュレーションや本物の音環境によって、リアリティと疑似体験を見事に融合。比類のない冒険を通して、普通はアルピニストにしか味わえない達成感や幸福感を伝えています。登はん中は研修を受けたスタッフがハーネスで安全確保を行うというのも本格的です。

対象年齢は、12歳以上(身長140㎝以上、体重120kg以内)。料金は、大人4,180円(24スイスフラン)、学生と26歳未満約3,300円(19スイスフラン)と高めですが、この体験のためにつくられた専用パビリオンが会場となるため、スイス交通博物館の入場券は不要です。

このコンテンツは、開発に3年の時間を要し、レッドブル・アスリート、山岳ガイド、アルピニスト、エンジニア、モーションキャプチャーの専門家らが協力し制作。世界最大級のVR・ARアワード「オギー・アワーズ」では、2021年の「ベスト・ロケーションベース・エンターテイメント」部門で勝利をおさめました。

自社が大会を主催するクリフダイビングの世界をVRで紹介

2023年より開始した「ウォーター=ブレイキング・ザ・サーフェス」は、様々な体験型コンテンツを通じてエクストリーム系ウォータースポーツの世界とレッドブル・アスリートたちの物語に飛び込む特別展です。レッドブルはクリフダイビングの世界大会を主催していることでも知られます。そのため、MR(複合現実)仕様のVRゴーグルを着用してクリフダイビングのプラットフォームに立ち、波の音や風、27mの高さ(クリフダイビングで男子選手が飛ぶ高さ)を味わうコーナーが見どころのひとつ。この分野のレッドブル・アスリートの軌跡をとらえたVRドキュメンタリーに続くエリアにあり、実際に下のフロアを見下ろさせる空間設計も巧みです。臨場感あふれる体験づくりの舞台裏は動画でも公開中。こちらはスイス交通博物館の入場チケットで体験可能です。

国内外のさまざまなパイオニアたちの支援をもとに、VR・ARテクノロジーの可能性を追求。レッドブル社らしいチャレンジングな発想と技術で、イノベーティブなバーチャル体験を提供している。

まとめ

VRといえば、オンラインで公開されているバーチャル展示やツアーを思い浮かべる人も多いかもしれません。物理空間や環境の制約を受けず、どんな場所でもコンテンツを提供できるのは、確かにVRの強みのひとつです。しかし今回紹介した3事例は、いずれも実際に人が訪れる見学施設の中でVRを活用しています。それは、その場所で体験し、ゴーグル越しに眺めるだけではなく自分の体で感じてもらってこそ意味をもつ内容だからです。

ベルリンテレビ塔のVRでは、過去にあった情景や塔の内部をエントランスエリアで見せることで、その後の展示や展望台からの風景を豊かで学びのあるものにしています。アエロスコピアのVRは、飛行機に囲まれたシチュエーションもさることながら、自ら操縦桿を握ってアクロバット飛行を体感できるのが大きな魅力。つくり込まれた舞台設定のおかげで没入感も十分です。体を動かすという点では、レッドブルのVRクライミングは圧巻です。特別展の中のクリフダイビングコーナーも、高所に立ったときの足がすくむような感覚を絶妙な方法で伝えています。

基本的に仮想空間の中で完結するのがVRですが、リアル空間に取り入れる場合でも、実は大きな可能性を秘めています。視覚や聴覚はもちろん、体の動きやその場での体感を組み合わせることで、記憶に残るような体験を提供できるからです。企業ミュージアムなどの見学施設でVRを活用するためには、提供する場所の雰囲気づくりや関連するエリアへの動線、ストーリーによる演出といった工夫も必要になりますが、それらを効果的に展開することで、その場所ならではの魅力的なコンテンツとなるでしょう。

レポート執筆者
丹青研究所

レポートを執筆した丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。
文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。
多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。

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