コラム

仮想空間(メタバース)の活用事例をご紹介|企業やPR施設の導入例

メタバースをはじめとする仮想空間では、物理的な制約を受けないバーチャル環境ならではの体験の構築と提供が可能です。ここでは、特に勢いのある「エンターテイメント」と「教育」の分野を中心として、企業や企業のPR施設における仮想空間の活用事例をご紹介します。


※このレポートは2024年12月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。


エンターテイメント&顧客コミュニケーション:人気メタバースプラットフォームをフル活用

企業としても、企業ミュージアムとしても、メタバースに積極参入

韓国最大手の自動車メーカー、ヒョンデ(現代自動車)は、人気メタバースプラットフォームを積極的に活用しています。同国発のメタバースアプリ「ゼペット(ZEPETO)」とは2020年からコラボ、新型モデルを体験できる「ドライビングゾーン」から伝統的モデルが活躍した時代をテーマにした「タイムレス・ソウル」まで、さまざまな「ワールド」を展開しています。メタバース上にゲームを作成できる没入型プラットフォーム「ロブロックス(Roblox)」にも進出し、2024年には未来のモビリティと出会えるゲーム「ヒョンデ・フューチャー・アドベンチャー」を公開しました。

また2022年には同社の企業ミュージアムであるヒョンデ・モータースタジオも「ゼペット」に参入。実際の施設をモチーフとした仮想空間の中で、さまざまな体験コンテンツを提供しています。

仮想空間の中で未来のモビリティライフを体験

リアルな場としてのヒョンデ・モータースタジオは、韓国内外7都市に施設を構えます。これに加えて、バーチャルな場として構築されたのが、「ゼペット」内のヒョンデ・モータースタジオ。ソウルの施設をモデルとしたもので、その特徴的な外観と内部の雰囲気をポップに再現しています。訪問者はアバターの姿で館内を自由に歩き回り、人気アイドルグループBTSとコラボしたキャンペーン映像が流れるメディアウォールや、ヒョンデによるアップサイクル・ファッション・コレクション「Re:Style」のアイテムを試着・購入できるコーナーなどを楽しめます。

建物の屋上に上がると、ヒョンデが開発中の都市型航空交通システム「S-A1/S-Hub」のターミナルが登場。実際に「S-A1」に乗り込んで、眼下のビル群を見下ろしながら未来のモビリティの可能性を垣間見ることができます。生活空間やサービス空間としても活躍するという地上用シャトル、「S-Link」の搭乗体験も可能。同社のブランドビジョンと未来のモビリティソリューションを伝えるメタバースの様子はこちらで公開しています。

次世代の顧客とのコミュニケーションを強化

このように多角的なメタバース戦略を展開するヒョンデですが、その狙いは世界中のミレニアル世代やZ世代、さらにはα世代とのコミュニケーションを強化することにあるそうです。とくに「ゼペット」は、自分のアバターをつくって多種多様なアクティビティに参加し、他のユーザーと交流しながら自己表現できることから若い世代からの支持を集めています。スマホから簡単にアクセスできる手軽さもあり、2024年末時点で「ゼペット」の総加入者数は4億人を突破。ヒョンデでは今後もメタバースを活用し、次世代の顧客でもある若者たちとの強固で永続的な関係づくりに取り組む予定です。

人気メタバースプラットフォームを通して、デジタルネイティブである若年層にリーチ。エンターテイメント性のある体験コンテンツは、次世代に開かれた先進的なブランドイメージの構築にもつながりそうです。

エンターテイメント&広報・マーケティング:リニューアルオープン予定のショールームをデジタルツインで公開

歴史あるショールームがリニューアル、改装後の姿を仮想空間でPR

パリのシャンゼリゼ通りには、フランスの多国籍自動車メーカー、ルノー・グループの旗艦ショールームがあります。1910年のオープン以来、名前を変えながら同立地でサービスを提供し、近年では年間平均180万人が訪問する人気スポットとして知られています。次のリニューアル工事のため、これまでの施設「アトリエ・ルノー」は2022年秋から営業を停止していますが、その翌年の2023年12月、改装後の新施設「カーウォーク・ルノー」のデジタルツインとなる仮想空間を発表しました。

遊びの要素を交えたデジタルツイン

デジタルツインとは、現実に存在する場所や施設を文字どおり双子のように再現した仮想空間のこと。現実にはない架空の世界もつくりだせるメタバースとは異なり、あくまでも現実の空間をベースにする点に特徴があります。この「カーウォーク・ルノー」のデジタルツインも、若手建築家フランクリン・アッジによる設計デザインを忠実に反映。ただし、仮想空間ならではの自由度を活かした遊びのある構成が目を引きます。

例えば、リニューアル後の目玉のひとつである大きな螺旋スロープ(=ファッションショーのように車両をお披露目する「カーウォーク」)には、全18台の車両を展示予定。一方、このデジタルツイン版では14フロアにもまたがる広大な空間の中、最初期のものから最新のものまで、全85モデルのルノー車が並びます。ルノー125年の歴史をたどれる内容で、アバターを介して見てまわるのはもちろん、ドロップダウンリストから気になる車両のエリアに直接アクセスすることも可能です。

新たな館内ショップは、2021年から展開している一連のオンラインサービス「オリジナルズ」のショップと同等のラインナップとなります。デジタルツイン版でも3Dでアイテムを表現し同サイトに紐づけて紹介しているので、気になる商品があればその場で購入できます。このほかにも、屋外テラス付きレストラン、「アゴラ」(講演会・特別展や生配信を行うイベントスペース)、「自由の広場」(顧客対応や新型車両紹介の場)など、今回のリニューアルで整備される各エリアをバーチャルに見学できる仕様です。

リアルとバーチャルの対話

このデジタルツインは、DX(デジタルトランスフォーメーション)専門のコンサルティング会社パブリック・サピエントとの共同制作。ルノーの各公式媒体で公開している専用リンクとQRコードが入り口となります。体験の開始時に作成するアバターは多言語対応で、カスタマイズやユーザー同士の交流も可能です。

近年のルノーは、「リアルとバーチャルの対話」に改めて挑戦しているといいます。前述の「オリジナルズ」シリーズには、オンラインショップの他、歴史的車両を紹介するバーチャルミュージアムコレクター向けのサービスプラットフォームが含まれますが、同社のマーケティング担当者によれば、このデジタルツインが目指すのは、「最大多数の人々への体験の提供を通して、あらゆるオンラインコミュニティのホームとなること」。ユーザーのエンゲージメントを高め、ルノーの web3戦略とマッチした市場機会を創出するため、将来的なアップデートも想定しているそう。現実世界の「カーウォーク・ルノー」は、2025年のオープンを予定しています。

リニューアル中の施設の魅力を遊び心のあるデジタルツインで発信。再オープンへの期待値を高めながら、リアルとバーチャルの垣根を超えたマーケティング戦略を図っています。

教育研修分野の典型例:VRを活用した没入型ラーニング

従業員のための360度の没入型VR研修

梱包資材の国際大手、DSスミスは、新型コロナウイルスによる外出制限が続いた2021年、工場で働く従業員のための360度のVRトレーニングモジュールを導入。同社の社員教育担当チームが、没入型学習プラットフォームの制作会社アップテイルの協力を得て制作したもので、フランス・ナントの工場をパイロット施設として試験運用を行いました。

現場で求められる能力と知識を強化

本プロジェクトの実施目的は、世界34か国の従業員に対して一律に現場の優良実践を伝えること。履修者は、VRヘッドセット(またはスマホやPCの画面)を介してバーチャルに工場の中に入り、機械の操作や技術に関わるクイズに取り組みながら、正しい作業手順を身に着けます。身支度をする、危険個所に気づく、といったプロセスも含まれており、実際の作業環境の中で段階的に学び、実践し、必要な能力と知識を強化することが可能です。最後には同じプラットフォーム上で履修結果を報告し、フィードバックを受ける流れとなっています。

導入当初の様子はこちらの動画からご覧ください。アップテイルが提供するシステムは、工場をはじめとする施設の360度のキャプチャー画像と映像をベースとしています。複雑なコードを用いることなく、関係者自らが研修コンテンツを作成できる仕組みを設けていることから、他にも複数の企業が利用しています。DSスミスの場合、制作期間はおよそ5日間。ナントの工場では総じて、学習効果の向上と研修時間の短縮、また安全性と質に対する意識の向上を確認できたといいます。

コロナ禍を経て脚光をあびる、仮想空間での教育研修

この試みは、コロナ禍の状況にあっても、いつでもどこでもリスクなしに社員教育を継続するために行われました。DSスミスによれば、VRによる仮想空間は、工場における持ち場のトレーニングを再現するのに最適だそう。ロジスティクス面の制約がなく、リスクもゼロ、製造の流れを止めたり、管理者層による独占化を招いたりすることもないということを、その利点として挙げています。また、ゲーム感覚で取り組める直観的で没入的な研修コースは、「履修者の注意を引き付けるとともに研修内容を記憶させる優れた手段」だとしています。このパイロット版の成功を受けて、同社は各地の工場への利用拡大に着手しました。

VRの没入感を活かしたバーチャルトレーニングはコロナ禍で急速に広まりました。現実世界の制約やリスクを抜きに実施できる仮想空間での教育研修は、今後もさまざまな場面で活用されることでしょう。

まとめ

「仮想空間=SFやゲームの世界」というイメージは、もはや過去の話。IT技術が進歩しPCやスマートフォン、VRゴーグルといった機器が普及した今では、誰にとっても身近なものとなりました。ビジネスの領域においても数々の活用例がありますが、今回ご紹介した「エンターテイメント」「教育」の分野は、とくに企業活動との親和性が高いようです。
コロナ禍の終息につれて下火となったとも言われるメタバースですが、2018年にリリースされた「ゼペット」はなおも勢いを保ち、 韓国や日本を含むアジア圏を中心に人気を集めています。多くの企業やブランドが参入する中、ヒョンデとその企業ミュージアムの事例は、若い世代との接点をつくり自社のビジョンを伝えようとする取り組みの好例といえるでしょう。同じ自動車メーカーでもルノーの場合は、近い将来にリニューアルオープンするショールームをデジタルツインの形で公開しました。独自につくりあげたリアルで遊び心のある仮想空間は、改装後の施設をPRするとともに、対面そしてオンラインでの豊かなサービス提供を推進する同社の姿勢を象徴しています。一方で、DSスミスの事例にみるように、仮想空間は企業の教育研修の場でも力を発揮します。VRによる没入的なトレーニング環境は、実際の現場では難しい実習やシミュレーションをも可能にしてくれます。
仮想空間は、現実の空間と並ぶもうひとつの空間です。リアルでありながらもバーチャルならではの表現力と拡張性を活かせるこの自由な空間は、企業のブランディングやPRの手段としても、人材育成の手段としても、現実の空間を補完しつつ新たな効果をもたらしてくれるかもしれません。

レポート執筆者
丹青研究所

レポートを執筆した丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。
文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。
多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。

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