周年事業で誕生した企業ミュージアム・工場見学施設の海外事例
Date: 2025.06.02

周年事業の一環として、企業ミュージアムや工場見学施設をオープンさせる企業は少なくありません。本レポートでは、周年という節目を活かしてその企業ならではの魅力ある施設をつくりだし、継続的に活用している海外事例を紹介します。
※このレポートは2025年4月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。
目次
- コーヒー文化を守り、伝える、100周年記念ミュージアム
- イタリアを代表するエスプレッソマシンメーカーによる「カルチュラルハブ」
- 黎明期から未来までをカバーする常設展示
- 質・量ともに充実の図書館蔵書とハイレベルなアカデミープログラム
- 創業150周年記念の展示空間がリニューアル、世界中のファンとブランドストーリーを共有
- 老舗ジーンズブランドのオフィスキャンパスに佇むアーカイブ展示
- ファンからの投稿を募り、共有する「ストーリーステーション」
- 周年事業としてつくられた、見せるための工場
- 高級時計の製造過程をショールームのように公開
- 企業ミュージアムと工場見学を組み合わせたスペシャルなガイドツアー
- まとめ
コーヒー文化を守り、伝える、100周年記念ミュージアム
イタリアを代表するエスプレッソマシンメーカーによる「カルチュラルハブ」

イタリア・ミラノ近郊の街ビナスコには、業務用エスプレッソマシンの欧州大手チンバリ(1912年創業)の企業ミュージアム、ムマックがあります。創業100周年の節目となる2012年に誕生したこの施設は、本格的な常設展示、ライブラリ、アカデミー(コーヒー愛好家向け・プロ向けの講座等を提供)からなるコーヒー文化の「カルチュラルハブ」。2022年には開館10周年を迎え、展示物の一部を入れ替えるとともに、多目的ホールを新設しました。
黎明期から未来までをカバーする常設展示
ムマックが目指すのは、イタリアの遺産であるコーヒー製造業を守り、コーヒー業界におけるイタリアの貢献を紹介すること。常設展示では、コーヒーマシンの歴史、技術、デザインとともに、この産業分野の各時代がたどられます。展示室は6室構成で、収蔵する350点超のコーヒーマシンの内、約100点を間近で見ることができます。別室として設けられた「ラボ:コーヒーカップの中の文化・技術・未来」のコーナーでは、チンバリのさまざまな挑戦、そのマイルストーンや関連する技術・イノベーション、社会的責任を伝えます。
いずれのコーナーも解説パネルはシンプルで必要最低限の内容といえますが、各所にQRコードが設置されているため、その場で詳しい説明やアーカイブ、動画、エピソード等にアクセス可能。イタリアらしく洗練されたデザインの空間に多種多様なマシンが並ぶ様は圧巻で、眺めるだけでも楽しそうです。全体の雰囲気はこちらの動画から確認できます。
質・量ともに充実の図書館蔵書とハイレベルなアカデミープログラム
施設の魅力はこれだけではありません。併設ライブラリ(2016年開設)は1,300冊の書籍と2万5,000点超の文献資料を所蔵し、コーヒー専門の図書館としては世界第二位の規模を誇ります。チンバリの歴史的アーカイブ(技術的設計図、特許証など)を含む一大コレクションは、イタリアの国立図書館システムの一部。2023年からはオンラインでの照会にも対応しています。
さらに、館内の専用スペースでは、SCA(スペシャリティコーヒー協会)認定トレーナーによるアカデミープログラムを提供。コーヒー業界に関わるすべての人々のためのハイレベルな拠点として、また継続的トレーニングにおける業界リーダーとして、コーヒー愛好家とプロの両方を対象としたコースを用意しています。この「ムマック・アカデミー」は2014年の開設以来、8,000人以上の人材を育成。国内外の支部も設け、精力的な活動を展開しています。
自社の歴史や製品の紹介だけにはとどまらない、総合的な活動・発信拠点を設立。その国の伝統的産業を代表する企業としての自負が感じられる周年事業です。
創業150周年記念の展示空間がリニューアル、世界中のファンとブランドストーリーを共有
老舗ジーンズブランドのオフィスキャンパスに佇むアーカイブ展示

誰もが知るジーンズブランド、リーバイス(1853年創業)のサンフランシスコ本社は、「リーバイス・プラザ」と呼ばれる巨大なオフィスキャンパス。元々同社の本社として建てられた施設ですが、現在ではリーバイスの直営店・テーラーショップの他、多様な分野の他企業やショップ、カフェも入居し、にぎわいのあるコミュニティを形成しています。
このサンフランシスコ本社のロビーにあるのが、入場無料のアーカイブ展示「ザ・ヴォルト」です。2003年に創業150周年を記念して整備されました。決して広くはない空間ですが、企業の歩みを伝える貴重なアーカイブ(歴史的な衣料、写真、映像資料、広告など)が並び、一般の人々だけではなく、リーバイスのデザイナーたちも新商品のアイデアを得るために訪れるといいます。
ファンからの投稿を募り、共有する「ストーリーステーション」
そんな「ザ・ヴォルト」が2018年にリニューアル。その目玉のひとつとなるのは、リーバイスにまつわるさまざまなストーリーを集めた「ストーリーステーション」です。この「ストーリーステーション」では、館内の専用ディスプレイ又はオンラインプラットフォームを通して、世界中のファンのストーリーを閲覧・視聴したり、自身のストーリーを投稿したりすることが可能。自分が担当するロックバンドのメンバーには必ずリーバイスのデニムを着せるという女性スタイリストの話、リーバイス製品を販売していた親族の遺産によってナチスの迫害から逃れた第二次世界大戦中の家族の物語、リーバイスのレザージャケットのおかげで九死に一生を得たというイタリア人男性の逸話、等々、十人十色のストーリーが語られます。アメリカのスタートアップ、エンウォーヴンのアーカイブ作成サービスを使用したもので、投稿は随時受付中。担当者の確認・編集を経て、写真と音声・文章を公開する流れとなっているようです。
館内には古くは1850年代にさかのぼる貴重なアーカイブ資料が並びますが、リーバイスによれば、こうして集められたストーリーもその一部。ブランドの歴史をファンと分かち合い、彼ら彼女らがどのような人々でどのような生活をしているのかを理解するのに役立てる狙いがあるそう。
2020年7月時点で約150件だった投稿件数は、2025年4月現在338件にまで倍増。その数は今も少しずつ増えていることがうかがえます。リーバイスとそのファンたちの親密なストーリーをぜひこちらからご覧ください。刷新された展示空間のバーチャルツアーも必見です。
参加型コンテンツの導入で周年記念展示を刷新。ファンとともにつくるアーカイブは、企業側の人間にとっても大きな刺激を与えてくれるのではないでしょうか。
周年事業としてつくられた、見せるための工場
高級時計の製造過程をショールームのように公開

IWCマニュファクチュールセンターは、スイスの高級時計メーカー、IWCシャフハウゼン(1868年創業)の製造拠点です。美しい外観が目を引くこの工場は、2018年、IWCの創業150周年に合わせてシャフハウゼン郊外に建設されました。自社製ムーブメントと関連パーツ、ケースの製造を一か所に集約するもので、IWCの歴史における画期をなす出来事とされています。
この工場ではIWC創業以来のクラフトマンシップと最新技術が共存。各部門を合理的に配置することで最高の製造環境を実現するとともに、大きな窓からの自然光と緑を通して温かみのある作業空間をつくりだしています。しかし、何よりも注目すべきは、IWCブランドを体現した施設として、ほぼすべての製造過程を世界中からの訪問者に公開しているということでしょう。
施設全体が見学を前提に設計されているため、高級感のあるエントランスホールから入り、通路を歩きながらガラス越しに製造のプロセスをたどることが可能です。時計職人の体験コーナーも設ける一方、排気口などの技術的設備は見せない徹底ぶり。既存の顧客や潜在的な顧客にIWCのすべてを体験してもらうアクセスポイントとなることが期待されているそうです。内部の様子はこちらの動画からも垣間見れます。
企業ミュージアムと工場見学を組み合わせたスペシャルなガイドツアー
いわば見せるための工場であるIWCマニュファクチュールセンターですが、実は、一般の人々の訪問をうながすような詳細な来館案内はありません。訪問を希望する場合は、店舗等を通した直接のコンタクトか、事前の問い合わせが必須であるようです。IWCブランドの愛用者や購入を検討している人を主なターゲットとしているだけに、これは当然かもしれません。
ちなみにシャフハウゼン市内の本社の一角には、より気軽に訪問できるIWCシャフハウゼンミュージアムがあります。こちらは創業125周年事業として1993年に開設されました。2007年からは現在のエリアに移転し、かつて時計が製造されていた空間の中、約230点の展示物とともにIWCの歴史や哲学、製品についての情報を伝えています。
一部の紹介記事によると、IWCでは、このIWCシャフハウゼンミュージアムとIWCマニュファクチュールセンターを組み合わせた一日がかりのパッケージプランを用意しているようです。その内容は、企業とその歴史についてのガイダンス、両施設のガイドツアーはもちろん、本社内の時計製造部門の見学や、本社会議室でのコレクション紹介もあるというスペシャルなもの。時計愛好家なら一度は訪れてみたいスポットです。
高級時計のブランドイメージにふさわしい、透明感と美しさを備えた工場を新設。ここでしかできない特別な見学体験は訪れた顧客を満足させてくれるでしょう。
まとめ
周年という節目は自社の歩みを振り返り、その取り組みやビジョンを改めて伝える貴重な機会です。さまざまな事業が考えられますが、企業ミュージアムや工場見学施設をつくることは、大切な記念の年を盛り上げるだけではなく、未来の活動のための礎となるようです。
チンバリの企業ミュージアムであるムマックは、歴史的コレクションによる展示に加えて、大充実の図書館資料と、プロから愛好家まで広く開かれたアカデミープログラムが強み。幅広い活動を通して、持続的かつ効果的な運用を行っていることがうかがえます。リーバイスの場合、世界中のファンたちから寄せられたストーリーを取り入れることで、そのアーカイブ展示を常に成長する生き生きとしたコンテンツに変えました。現地でもオンラインでも参加できる仕組みは、開設当時にはなかった技術を活用できる今だからこそ可能なアプローチといえるでしょう。また、IWCシャフハウゼンの新たな製造拠点は、最初から見せることを想定してつくられています。工場のイメージを覆すような美観と、製造の現場を引き立てる見学コースは唯一無二。同社の企業ミュージアムとともに、ブランドの世界をPRする場として機能しています。
その年限りのイベントやキャンペーンとは異なり、企業ミュージアムや工場見学施設には、開設後も企業の活動に寄り添い、支える力があります。施設自体の継続的な活用から、新たな節目に合わせたリニューアル、既存の関連施設等と絡めたサービスの提案まで、多種多様な展開につなげることができるのは、常設の空間にしかない利点です。周年事業の一環としての新規開設は、未来を見据えた投資として有効なのかもしれません。

レポート執筆者
丹青研究所
レポートを執筆した丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。
文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。
多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。
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