コラム

社員研修の「場所」選びのポイントとは
~バーチャルか、リアルかどちらが効果的?

研修をどこで行うと効果的であるのでしょうか。コロナ禍を経て改めて考えている担当者も多いのではないでしょうか。
今回はメタバースやVR等の最近技術を使った社内研修の事例から、フランスの城を研修施設としてリノベーションした企業の事例まで幅広く紹介します。


※このレポートは2022年9月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。

バーチャル空間でロールプレイ研修。
火事などの非常事態も安全・効果的に再現

オンラインだからこそ、リアリティが増す

フランスの国鉄エス・エヌ・セ―・エフの子会社で鉄道インフラの運営を行うエス・エヌ・セ―・エフ・レゾーは2019年からバーチャル空間内で行う独自の研修プログラムを自社開発しています。

最初に実用化したのは、火事や事故などに対する訓練プログラムで、これまでに約3,000人の社員が参加しました。VRのゴーグルをかけて、バーチャル内の危険な状況下で、自ら判断し行動する経験を積むことができます。

このような訓練は現場の状況に近いほど学びが多いものですが、実際に火事を起こすわけにはいけません。社員が安全な環境下にいながら没入感を得られるバーチャル空間が適している事例といえます。

 

研修で得られたデータを現場改善に生かす

バーチャル研修は現場のシステムやオペレーションを検証する役割も担えるのが利点です。バーチャル研修によって参加者の行動データを客観的に集めることができ、現行のシステムの不備や改善点を見つけやすいのが特徴です。運営側・参加者側の双方向でのメリット、しかも相乗効果があるといえるでしょう。

 

社内の専門部隊が自社開発したオリジナルプログラム

同社は、バーチャル研修プログラム行うプラットフォームを「イメルシヴ・ステュディオ」と名付け、2020年3月までに約30種のプログラムを自社開発しました。デジタル制作の専門家が現場ヒアリングを行いながら、エス・エヌ・セ―・エフが培ってきた鉄道運営のノウハウと先端技術を融合させて作り上げてきました。今後はグループ会社だけではなく、海外の鉄道会社からもプログラム開発を請け負っていく計画としています。

オンラインでのミーティングやセミナーは日常のものとなり、メタバースに関するニュースももはや珍しさを感じない昨今、研修においてメタバースが有効な場・媒体となることは想像に難くありません。その未来を示す成功事例といえるでしょう。

点在していた“修業先”が一つ屋根の下に。
高級ブランドが自ら設立した学校とは

若者がグッチならではのデザインや技術を学ぶ

イタリアの高級ブランド、グッチは、2018年、本社があるフィレンツェに自社スクールである「グッチ・エコール・ドゥ・ラムール」開校しました。「愛の学校」と名付けられた施設では若者がレザーグッズのデザインや製造の全工程を学べるプログラムのほか、グッチの従業員も高度な技術が学べるプログラムなどを実施しています。2018年の開設からの累積で約650人の従業員が研修を受けています。

一般的には職人志望者はある工程に特化した専門工房に入門することが多く、今回のグッチの取り組みのように“全工程”の技術を学べることは珍しいです。

 

技術を自社に集結させ、技術継承を図る

同学校は2018年にオープンした「グッチ・アート・ラボ」に併設されています。敷地面積は約37,000㎡という広大な場所で、約950人の従業員が新素材や環境に配慮した製品などの研究開発、そして売上げの7割を占めるレザーグッズとシューズのサンプル製作を行っています。まさにグッチのデザイン力と創造力、技術力が結集した拠点です。

グッチはレザーグッズとシューズの開発・試作拠点を同じ場所に持ってきていますが、これは業界では前代未聞の大きなチャレンジです。イタリアは分業制が色濃く残っており、「男性靴に特化した地域、女性靴に特化した地域」、「この部品に特化した工房、あの部品に特化した工房」など、技術が広いエリアに点在しています。

グッチは散らばった技術を一つの場所に集め、かつ自社で保存することで、製品に独自色を打ち出しやすくなり、技術の継承も確実にすると考えているようです。この場所に職人育成のスクールであるグッチ・エコール・ドゥ・ラムールを置くのも納得できます。

 

シャネルも、エルメスも

シャネルが2021年、クチュール技術の継承のために伝統的な工芸技を持つ工房を集め、創設したアトリエ複合施設「ル・ナインティーン・エム(le19M)」のニュースは記憶に新しいです。そして、エルメスも2022年5月に販売員を育成するための学校を設立。高級ブランドが、各社の技術や強みを受け継ぐ人材を積極的に育てようとしているようです。

ハイブランドの芸術的な作品を生み出す「人」の育成と確保は、重要な投資になるでしょう。デジタル化できないもの、時間の蓄積が重要なもの、伝えられて磨かれるものの価値の理解と人材の育成は、今後さらに研修の大きなテーマになっていくのではないでしょうか。

創業者所有の城を研修施設にリノベーション。
仕事・くつろぎ・共生の空間をすべて揃える

創業者ゆかりの城を人づくりのアイコンとして拡充

世界第2位のワイン&スピリッツメーカーであるフランスのペルノ・リカールは、創業者のポール・リカール氏が所有する城を研修施設「ペルノ・リカール・ユニバーシティ」としてリノベーションしました。この城はもともとリカール氏が特別な顧客と狩りなどのバカンスを楽しんだり、管理職向けの小規模なセミナーを開いたりするために使っていたといいます。今回のリノベーションでは城館を増築し、より多くの従業員がこの場所で学べるようにしました。

 

城館にはバーやレストランなど

同社は、人が成長するためには「仕事・くつろぎ・共生」に時間をバランスよく使える環境と、自分以外の人間と出会い他者を理解し協働できる機会が大事としています。

そのため、今回の研修施設へのリノベーションに際しても、いわゆるセミナーを行う場だけではなく、バーカウンターやレストラン、フィットネスジムやプールなどを完備。かつては幹部級のスタッフの研修の場としてきたところを、より多くの従業員に広げ、人材育成のベースとしました。

施設は大きく4つのエリアに分かれており、下記のような構成となります。外装や内装はこちらの動画で詳しく見ることができます。

①「LE PRIEURÉ(小修道院)」(1,280㎡)
くつろぎの空間。フィットネス室、プール、運動場併設。既存の小修道院・庭園を拡張、再利用している。
②「LE CHAI(ワインの貯蔵室)」(2,700㎡)
仕事・研修の空間。ラーニングセンター(会議室数14)、講堂(60席)、オーディトリウム(350席)、休憩所、レセプションで構成。
③「LE CHÂTEAU(城)」(1,127㎡)
城館にあるバーカウンターやレストラン。アペリティフやディナー、ソワレを共にする空間で、出会いや交流を促す。
④「LES HAMEAUX(集落)」(1,250㎡)
宿泊エリア(客室数60)。仕事の時間外のくつろぎタイムに適した空間。

 

高い社員エンゲージメント率を誇る

2017年に調査会社ウイリス・タワーズワトソンがペルノ・リカール社に対して行った社員エンゲージメント調査では、自社の一員であることに誇りを持っている(96%)、グループの価値観を全面的に支援する(94%)、自分の雇用主を推薦できる(87%)、エンゲージメントを認める(88%)という結果を記録しています。

同施設の運営は提携会社のシャトーフォームに委託。同社は企業向けに研修を提供し、自ら欧州各地に研修施設を構える大手となります。ペルノ・リカール・ユニバーシティの施設は外部にも貸し出しており、年間を通じて施設利用の予約を埋めることが可能だといいます。

研修は、スキルやノウハウの伝達だけでなく、企業が社員を「大切に思っている」ことを伝えるための手段として効果的です。アイコニックな社屋や場を核として、人づくりの企業文化を生み出すという戦略は中長期的に見ると上手いやり方かもしれません。

まとめ

社員研修は、どの企業でも取り組まれており、内容も多種多様です。そこで、今回は、社員研修を行う「場」に着目して特徴的な事例をピックアップしてみました。いずれも開始から数年たち、一定の成果が見えているものとなっています。

まずはメタバース。参加者の安全確保や参加人数の制限等がハードルとなる分野・内容であれば、特にその真価を発揮すると思われます。参加者の居場所や参加時間等が制限されないところ、また参加者の意見や発想を随時取り入れながら、システムを成長させていける点も大きなメリットであります。現時点ではプログラムの開発への投資が課題になると予想されますが、先々、多様なサービスが現われてくることは想像に難くありません。

メタバースとはほぼ真逆といえる「職人技の継承のための場」づくりも、近年ハイブランドの特徴的なスクール展開で話題になっています。今回取りあげたグッチは、開始から約4年経ち、600名以上の社員・スタッフがプログラムを経験しました。シャネルやエルメスなどの展開を見ても、ものづくりの技術だけでなく、様々な素材や技法が登場する現在、販売やプレスに関わる人材の育成も重要であることを考えると、これらのビッグメゾンの戦略は理解できるところです。

そして「城」というアイコニックな場を核とする研修拠点。仕事・くつろぎ・共生をテーマとして知識や技術だけでなく、社員の気持ちを上げていくことを重視する社員研修も、企業にとって確かな効果をもたらしているようです。この事例では施設の外部への貸し出しにより、研修拠点自体を一つのビジネスメニューとしながら、「人づくり」を重視しているという企業イメージの構築にも成功しています。

このように見ると、「社員研修」は社員の育成だけでなく、企業の姿勢を表現する一つの長期的な取り組みとしても展開できそうです。メタバースもよし、歴史ある場でもよし。目指すゴールに最も適した「場」の選定は、戦略的な「社員研修」の展開を後押しするものではないでしょうか。

レポート執筆者
丹青研究所

レポートを執筆した丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。
文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。
多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。

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