コラム

企業ミュージアム/施設におけるSDGs達成への取り組み

2015年に国連で採択されて以来、日本でも多くの企業が関心を持ち、達成のための取り組みを行っているSDGs。海外の企業ミュージアムにおいては、「SDGs」と謳わずとも、その企業の強みやターゲットに合わせた持続可能な社会に向けた取り組みが行われているようです。ここでは、その一部を紹介します。


※このレポートは2023年9月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。

 

 


スワロフスキー社が展開する体験型公園施設での
環境に配慮した取り組み

スワロフスキー社による大規模な体験型公園施設

スワロフスキー・クリスタルワールドは、クリスタルの装飾品ブランドであるスワロフスキー社がオーストリア・バッテンスに持つ体験型公園施設。マルチメディア・アーティストであるアンドレ・ヘラー氏がデザインしたものです。
公園内は、草間彌生、アンディ・ウォーホル等の現代アーティスト、建築家、デザイナーによる作品や空間を展示する施設や、屋外でのパブリック・アート、メリーゴーランドや迷路、プレイグラウンドを展開。ショップやレストランも備えた約8ヘクタールにも及ぶ大型施設となっています。

国の環境保護の認証システムで認定された環境保護の取り組み

同施設は、高いエネルギー効率、廃棄物縮小等の取り組みが評価され、オーストリア・エコラベルが付与されています。オーストリア・エコラベルは、オーストリア政府機関の「気候行動・環境・エネルギー・モビリティ・革新・技術局」が環境に優しい製品や活動に対して付与する認証プログラムです。同プログラムは、製品、教育活動、観光関連事業、会議やイベントの4つのカテゴリーに分けられ、ミュージアムは観光関連事業の中に位置づけられています。日々の運営や展示の企画において、持続可能性、エコロジー、資源の意識的な利用、社会的・政治的責任に取り組むミュージアムにエコラベルが付与されるとのことです。

羊を使った生態系保全等、ユニークな取り組みも

同施設の具体的な活動としては、敷地内に電気自動車や電気自転車、電動スクーターの充電ステーションを設けているほか、芝生整備に羊を活用するというユニークな取り組みを行っています。機械での芝刈りを行うと、草原の生態系の一部である虫や小動物を傷つけてしまうため、羊に芝を食べてもらう方法をとっているとのことです。さらに、羊がゆっくりと草を食べるおかげで、機械での芝刈りを行うよりも、虫たちが住みやすい生態系が残るとされています。

そのほか、スワロフスキー社が長年にわたり行っている「スワロフスキー・ウォータースクール」(クリスタル製造に欠かせない水をテーマにした教育プログラム)と連携し、同施設においても水に関する教育プログラムを実施し、環境に関する啓発活動を行っています。

SDGsの観点からは、目標7「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、目標13「気候変動に具体的な対策を」の達成に向けた活動を行っていると言えるでしょう。屋外施設ならではの取り組みや、一般の人々との接点であるミュージアムだからこそ実施しやすい教育活動が特徴的です。

菓子メーカーのアミューズメント施設における
多くの人がスムーズに利用できることをめざす取り組み

老舗菓子メーカーによる子ども向け体験施設

イギリスの菓子メーカーであるキャドバリー社がバーミンガムにもつ、子ども向け体験施設「キャドバリー・ワールド」。1990年から人々に親しまれてきた老舗のアミューズメント施設です。カカオの起源を見せる古代の熱帯雨林の空間再現、キャドバリー創業当時の店舗再現、チョコレートの空想世界を乗り物に乗って進むアトラクション、座席の振動や各種演出を加えた4Dシアター、チョコレートづくり体験等、特に子ども、家族連れが楽しめる施設となっています。

障がい者や高齢者も同じように施設を楽しめるように

同施設のジェネラル・マネージャーは、施設ウェブサイトにて下記のようなコメントを掲載しています。「私たちは、すべての来館者に喜びの瞬間と、長く続く素敵な思い出を創出したいと考えています。(中略)すべての人にインクルーシブな体験を提供し、高い水準を確実に維持するため、チェックとリスク評価を日常的に実行する努力をしています」。この言葉どおり、同施設では、障がいを持つ人や高齢者等への丁寧な対応を行っています。具体的には、視覚障がい者も展示やデモンストレーションを楽しみ・理解するための触れる模型、聴覚障がい者に対する聴覚支援機器の貸し出しや映像の字幕や手話映像等が提供されています。

そのほか、長時間立っていることが難しい人には受付にてリストバンドを渡し、アトラクションへの優先入場ができるしくみや、車いすに乗ったまま体験できるアトラクションや屋外遊具の整備のほか、音や香り等の刺激を抑える、ショーの時間を短縮するなど自閉症や感覚過敏の子どもを対象とした特別プログラムの実施等、エンターテインメント施設としての工夫も特徴的です。

非常に詳細なアクセシビリティ・ガイドを公開

公式ウェブサイトではアクセシビリティのページが作られ、上記のような取り組みについての概要が紹介されています。これに加えて、アクセシビリティ・ガイドソーシャル・ストーリー(主に発達障害の人が活用する社会学習ツールで、ここでは、施設にどのようにアクセスし、施設内で何ができるかを一人称の分かりやすい文章と写真で紹介)が作成されており、より詳細な情報を確認できるようになっています。

アクセシビリティ・ガイドには、施設に訪れる方法から施設で過ごすために必要な情報まで非常に細かく表示されています。例えば、施設までのアクセスについては、交通手段についてだけでなく、最寄りのバス停は施設まで0.8kmであること、駐車場からエントランスまでは平坦であり、その通路は2,370mm以上の幅があることまで記載があります。そのほかにも、施設内のエレベーターの大きさ、各展示コーナーの段差、通路幅、映像字幕、トイレの仕様等について細かく記載されています。担当者への連絡方法も同ガイドの冒頭に明記され、詳細情報をオープンにしているだけでなく、質問があればいつでも連絡してほしいという姿勢が読み取れます。

SDGsの観点からは、目標4「質の高い教育をみんなに」につながる活動といえるでしょう。障がいを持つ人に配慮した具体的な取り組みを行うことはもとより、それを事前に知らせるという努力の重要性を再認識させられます。初めて訪れる施設において、施設までのアクセス、施設内外の移動や展示見学に不安を感じる人にとって、事前に詳細な情報が得られるということは安心につながり、その安心はジェネラル・マネージャーの言う「喜び」と「素敵な思い出」につながると言えるのではないでしょうか。

施設機能を大幅に変更し、
未来へ文化遺産をのこすための活動を推進

博物館からデジタル・アーカイブのための施設への変身

ヘリテージ・ラボ・イタルガスは、イタリアの天然ガスの流通を担う企業、イタルガス社がトリノに持つミュージアム兼デジタルラボです。イタルガスは1837年に、イタリアで初めてガス灯のための燃料を生産する会社として創立。以後180年以上、ガスをイタリアの家庭に届けることに貢献してきた会社です。同施設の前身は、イタリアのガス産業の歴史を紹介するミュージアムでしたが、2020年に、同社の資料を中心としたイタリアのガス産業に関連する歴史資料をデジタル・アーカイブし、保存・活用していくラボとして生まれ変わりました。

膨大な社内、そして業界の歴史資料のデジタル化

この施設の中心は、デジタル化を行うエリアです。同施設には、同社の全ての事業所が作成した文書、写真、視聴覚資料のほか、古書を含む書籍、業界雑誌、美術作品、ガス関連機器等が所蔵されていますが、これらを2Dおよび3Dでデジタル化できる最新鋭のツールが用意されています。大容量のスキャン能力を備える高速スキャナー、製本された冊子のデジタル化に特化したスキャナー、3Dスキャンできる高精度レーザースキャナー等、膨大な歴史資料をデジタル化する機材を備えています。

同社は、歴史資料のデジタル化そのものだけでなく、デジタル化というプロセスを確立し、産業遺産の価値を高めるための持続可能なモデルをつくることも目的とすると述べています。前述のような高度な機器を扱う技術や知識を持つ専門スタッフの育成、関係機関とのネットワークの構築を行っているとのことです。現に、同施設は文化遺産の研究、研修機関であるベネチアのジョルジョ・チーニ財団等の専門家と構想・設計したものであるとともに、ヨーロッパの社会・文化・地理的進化に関する調査に取り組むタイム・マシン・コンソーシアムの一員となっています。

「持続可能性をめざす場にする」ことが目標

同施設はデジタル化のエリアのほか、古文書、専門書、雑誌等を保存する図書館と、デジタル化されたコンテンツをインタラクティブに楽しめる展示スペースも持ちます。同社は、同施設をオープンする際のプレスリリースにて、この施設を「持続可能性を志向する場とする」ことを目標に掲げると言及しています。歴史資料のデジタル化は、文化的・歴史的遺産の保存やそれにともなうコミュニティの価値創造につながるとともに、このデジタル・アーカイブは企業の日常業務を改善するための必要な材料となり、企業活動の持続可能性のモデルを示すことができると語っています。

SDGsの観点からは、目標11. 「住み続けられるまちづくり」の中の、「世界の文化遺産や自然遺産を保護し、保っていくための努力を強化する」にあてはまる活動といえるでしょう。前身のミュージアムを歴史資料のデジタル化のためのラボに変えるという珍しい事例ですが、歴史資料のデジタル化がもたらす恩恵を重視し、強力に推進していることがうかがえます。

まとめ

今回、海外の企業ミュージアムの現状をSDGsという観点で見てみましたが、実は、SDGsというワードを大々的に表明しながら活動を行う施設には出会いませんでした。ただ、日本と同様に当然のことながら、企業活動においてサステナビリティという観点は多くの企業が重視しており、最後の事例のイタルガス社はESGスコア(S&Pグローバルが算定する、環境・社会・ガバナンスの観点での配慮への評価)の2023年のランキングで上位に位置しています。

一般的に、企業の社会貢献施設としても位置づけられる企業ミュージアムで、SDGs達成につながる取り組みを行うことは自然な流れであると考えられます。SDGs、サステナビリティという言葉が注目され始めたから新たに開始することではなく、既に企業活動や企業ミュージアムで行っていることの延長線上にあること、より深めていくことなのでしょう。上記で紹介した3つの事例は、環境、教育、文化遺産といった別の切り口ですが、それぞれ持続可能性に配慮した活動が見られました。サステナビリティと聞くと環境保護に目が向きがちですが、企業ミュージアムにおいても、企業の強み、ターゲット、事業活動等にあわせ、SDGsに掲げられている目標達成に向けて何ができるかを幅広く検討すること、スワロフスキー社やイタルガス社が行っているように、社内外の力を借りて活動の幅を広げることが重要かもしれません。

レポート執筆者
丹青研究所

レポートを執筆した丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。
文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。
多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。

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