企業ミュージアムによる社会貢献・CSR活動の海外事例|具体的な取り組みをご紹介
Date: 2025.11.10
企業ミュージアムは、企業と社会とのコミュニケーション空間。消費者や地域との直接の関わりの中で広く社会に貢献し、企業の社会的責任(CSR)を果たす場所として機能します。本レポートでは、社会貢献・CSRを意識した企業ミュージアムの海外事例を、その具体的な取り組みとともに紹介します。
※このレポートは2025年7月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。
目次
- 環境的・社会的な責任意識の高さが光る、人気の観光スポット
- ギネスビールのすべてを伝える体験型見学施設
- サステナブルな取り組みを来館者と共有
- 地域とともに持続可能な観光を推進、アクセシビリティにも徹底配慮
- 企業の価値観と文化をありとあらゆる面から表現した「車の街」
- 世界的な自動車製造企業のコミュニケーションプラットフォーム
- アート、カルチャー、テクノロジー、デザインの融合
- 企業としての価値観に基づいて、製品の質とサービスを重んじる文化を具体化
- 家族みんなでクレヨンと遊ぶ、クリエイティブなアミューズメント空間
- 塗り絵からデジタルまで、多彩なハンズオンアトラクション
- 子どもの成長によりそう企業としての使命を体現
- まとめ
環境的・社会的な責任意識の高さが光る、人気の観光スポット
ギネスビールのすべてを伝える体験型見学施設

アイルランドの首都ダブリンにあるギネス・ストアハウスは、年間170万人以上が訪れる同国屈指の人気観光スポットです。歴史あるビール醸造会社ギネス(1759年創業)の見学施設として、2000年にオープンしました。
ギネスビールはじまりの地、セント・ジェームズ・ゲート醸造所の旧発酵プラントを転用したもので、7階建ての建物を貫く吹き抜けはパイントグラス型。スタウトビールの主要原料(ホップ・大麦・酵母・水)の世界に誘う導入展示からギネスの発展を導いてきた広告戦略の紹介展示、ギネスの正しい注ぎ方指南のコーナーからギネスの泡の上にセルフィーをプリントして飲める「スタウティー」のコーナーまで、大充実の内容を楽しめます。試飲エリアのほか、カフェ・レストランやショップ、イベントホールを併設し、最上階にある「グラビティバー」ではダブリンの景色を堪能可能。現在の醸造所の見学を含む特別ツアーも話題です。
サステナブルな取り組みを来館者と共有
このようにダイナミックで没入感のある来館体験が魅力のギネス・ストアハウスですが、社会貢献・CSR活動の面でも他と一線を画しています。公式サイトでは、環境および社会のための取り組みをサステナビリティ・ガイドとして明記。国連世界観光機関(UNWTO)による「持続可能な観光」の定義、すなわち「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」に触れながら、来館者の理解と協力を促します。
例えば、施設の活動による環境負荷を最小限に抑えるため、2020年以降は全電力を再生可能エネルギーから調達。また水の使用量と廃棄物の排出量の測定・改善に努めるとともに、マイボトルを持ち込める給水ステーションや、館内カフェで採用されている堆肥化可能なカップを通して、誰もが環境配慮への貢献を実感できるようにしています。
地域とともに持続可能な観光を推進、アクセシビリティにも徹底配慮
社会的責任についての考え方も明快です。ギネス・ストアハウスがあるのは、多くの歴史的建造物と文化施設が集まるダブリン8地区。この地区の主要観光スポットのひとつとして一帯の経済に貢献するのはもちろん、地域住民の積極雇用、地元の職人やアーティストとのコラボ、観光業・飲食業のキャリア支援、チャリティ団体との連携に尽力し、地域のコミュニティと共存しながら持続可能な観光を推進しています。
各種ハンディキャップへの配慮に多言語対応、緊急時のための救護所と、施設のアクセシビリティを重視していることは言うまでもありません。さらにアイルランドでは唯一、企業アーカイブを一般公開。専門家陣による「ギネス・アーカイブ」チームが創業から現在までの貴重な記録・資料を収集・保存し、オンラインコンテンツの形で誰もがアクセスできるようにしています。個別の問い合わせや現地訪問にも対応しており、ギネスの歴史と、地域社会や世界とのつながりを伝えようとする姿勢がうかがえます。
施設として環境や社会のためにできることを行い、その取り組みを積極的に発信。地域に根差し、地域とともに歩む企業ミュージアムのお手本のような事例です。

企業の価値観と文化をありとあらゆる面から表現した「車の街」
世界的な自動車製造企業のコミュニケーションプラットフォーム

ドイツ北西部の街ヴォルフスブルクには、多国籍自動車製造企業フォルクスワーゲン(1937年創業)の本社があります。その広大な本社敷地内につくられたアウトシュタット(意:自動車の街)は、さまざまな建物や空間で構成されたテーマパークのような複合施設。2000年のハノーヴァー万博に合わせて開業し、以来、フォルクスワーゲン・グループのコミュニケーションプラットフォームとして、多種多様なコンテンツやアトラクション、イベント、大人向け・子ども向けの学習プログラムを提供しています。
アート、カルチャー、テクノロジー、デザインの融合
アウトシュタットの特色は、アートとカルチャー、テクノロジー、デザインが交差する万華鏡のような施設づくりにあります。受付・エントランスとなる「広場」では、ドイツ出身アーティスト、インゴ・ギュンターによるインスタレーションが来館者を迎えます。そのすぐそばの「フォーラム」には、フォルクスワーゲン・グループの歴史を伝える車両が並び、持続可能性についての体験展示、子どものためのプレイエリア、自動車関連の映像作品を上映するシアター、バーチャルレーシングのコーナーが広がります。緑豊かな屋外エリアにも遊具やパブリックアートがあり、ゆったりとした散策を楽しめます。
園内を歩いていくと、約60ブランドのクラシックカーが並ぶ自動車史博物館の「タイムハウス」や、「アウディ」「シュコダ」といったブランド別の世界を扱ったパビリオンが登場。それぞれデザイン性の高い建築が目を引きます。そびえ立つ円柱建築が印象的な「車の塔」は、アウトシュタットのランドマーク的存在。最大800台の新車を保管し、完全に自動化されたシステムによって、顧客が待つカスタマーセンターまで車両を送り出します。外観だけでもインパクトがありますが、ガイドツアーに参加して内部を観察するのも一興です。
このカスタマーセンターで新車を受け取る人は、対岸にある製造工場の見学ツアーを通して(一般の来館者も空きがあれば参加可能)自分の車が実際にどのように製造されているのかを知ることができます。試乗や講習のためのゾーンが複数あり、五つ星ホテルのリッツカールトン・ヴォルフスブルグや、フォルクスワーゲンのキャンピングカーを使ったキャンピング&グランピングエリア「カリフォルニア・ワールド」も整備されているため、現地に宿泊して贅沢な時間を過ごすことも可能です。
企業としての価値観に基づいて、製品の質とサービスを重んじる文化を具体化
施設がもつこの多様性は、フォルクスワーゲン・グループの企業としての方向性と、人類・文化・社会に対する企業の責任の反映。車好きだけではなく、アートファンやハイテクに目がない人にとっても、ただ単にくつろいで雰囲気を味わいたい人にとっても、魅力的でインスピレーションを与えるような場所としたそうです。
加えて、このひとつの「街」のような空間は、フォルクスワーゲンが追及してきた品質と安全性の関係、性能と持続可能性の両立、顧客との距離の近さとその意味について体感し、世界中の従業員が蓄積したノウハウや各ブランドの哲学に触れてもらえるようにつくられています。水力発電による電力供給をはじめ、環境保護やエネルギー効率の問題にも取り組んでいるため、社会に貢献する企業ミュージアムとしての説得力は十分でしょう。ホテルの併設にみられるように、ホスピタリティの高さも秀逸。「喜びとともに記憶に残る滞在を提供する」というひとつの目標を施設チーム全体で共有しているそうです。
自社の価値観を施設機能やサービスの面でも表現。消費者や社会とのコミュニケーションにふさわしい、刺激的かつ居心地のよい場所づくりに成功しています。
企業理念・パーパスの浸透を加速させる
「企業ミュージアム」の力
企業理念やパーパスの浸透において「企業ミュージアム」が有効な理由、企業理念・パーパスを「自分ごと」にするための3つのポイント、効果的なアプローチ方法などを解説しています。

家族みんなでクレヨンと遊ぶ、クリエイティブなアミューズメント空間
塗り絵からデジタルまで、多彩なハンズオンアトラクション

アメリカの老舗クレヨンメーカー、クレヨラ(1903年創業)は、ファミリー向け屋内アミューズメント「クレヨラ・エクスペリエンス」を全米5都市で展開しています。1996年に同社が本拠を置くペンシルベニア州イーストンから始まったこの施設は、クレヨラ製品を使ったバラエティ豊かなハンズオンアトラクションが特徴的。大量のクレヨンで塗り絵に没頭したり、クレヨンを巻くオリジナルラベルを制作したり、スクリーンに映し出される絵具やクレヨラキャラクターの動きと戯れたりと、自分の手と体を使って楽しめるクリエイティブなプレイグラウンドとなっています。
定期的に開催されるライブパフォーマンス「クレヨン・ファクトリーショー」では、クレヨンの製造工程を学ぶことができます。壁のイラストでクレヨラブランドのクレヨンの歴史を伝えるほか、カラフルなボックス展示では歴代クレヨラ製品を紹介。自分が描いた絵をもとにしたパズルをつくれる設備や、フォトブースで撮影した写真から塗り絵を作成してくれる設備、溶かしたクレヨンを固めて記念品にするコーナーなど、うれしいお土産につながる要素も満載です。大人も子どももわくわくさせる施設の様子はこちらの動画から見ることができます。
子どもの成長によりそう企業としての使命を体現
クレヨラの使命は「親や教師が想像力豊かな子どもを育てるのを助ける」こと。本施設はその使命の物理的な表現です。
2023年にアメリカの市場調査会社が発表した調査報告において、クレヨラは世界最大級の玩具メーカーLEGOに次いで同国で最も「オーセンティックな」ブランドの地位を獲得しました。この快挙をたたえるペンシルベニア州の地元メディアは、「クレヨラ・エクスペリエンス」について、子ども時代の体験の重要な一部として、何世代にもわたり人々との「本物の、記憶に残るつながり」を築いてきた同社の企業理念を体現していると評価しています。
最初の施設であるイーストンの拠点を除き、これまでに開設した施設はすべてショッピングモールの中にありますが、家族で気軽に訪問できるのは大きなメリット。カフェとショップを併設し、ジャングルジムのような遊具や床に絵を描けるエリアもあるため、小さな子どもでも飽きずにのびのびと遊ぶことができます。自閉症を抱える子どもとその家族が同施設を安心して楽しむための「IBCCESセンサリーガイド」まで作成・公開しており、配慮の行き届いた空間であることが分かります。
「クレヨラ・エクスペリエンス」は2023年、日刊大衆紙USAトゥデイの「10ベスト・リーダーズチョイスアワード」に選ばれました(チルドレンズミュージアム部門10位)。2025年には米テネシー州、2026年には初の米国外拠点となる北京への新規開設を予告しています。
消費者の信頼に応える、創造的で安心安全なアミューズメントを提供。子どもの成長、そして家族みんなの新たな思い出づくりに貢献するアトラクションは、その信頼関係を一層深めてくれるでしょう。
ブランディングにおける企業ミュージアムの有効性や、「リアル空間」だからできる企業ミュージアムを通じたブランディングについて解説します。

まとめ
企業ミュージアムが社会と直接関わる場である以上、この場所に求められる社会貢献や企業の社会的責任(CSR)について考えるのは当然かもしれません。隣接するさまざまな概念(サステナビリティ、アクセシビリティ、SDGs、等々)を含め、意識的に取り組む施設は多いはずですが、今回ご紹介した三つの事例は、細かな施策はもちろん、その発信力や表現力の点で他にはない存在感を放っています。
ギネス・ストアハウスは、国・地域を代表する企業ミュージアムとしての環境的社会的責任を積極的に引き受けています。日本においてもサステナブル・ツーリズムを推進する動きがあり、持続可能性への意識を高くもつことは観光スポットに数え入れられる国内の企業ミュージアムにとっても他人事ではありません。環境配慮型エネルギーの採用をはじめ、施設運営のハード面を見直すことはとくに大きな企業・施設では基本となりつつあり、自社の活動や製品開発に関わる取り組みを展示コンテンツとして示すことも定番といえますが、それだけにはとどまらないのがアウトシュタットの事例です。多種多様な体験やサービスを通して企業の価値観を表現し、さまざまな立場・関心の人に働きかける文字通りの「コミュニケーションプラットフォーム」となっています。「クレヨラ・エクスペリエンス」はある種のアミューズメント施設ですが、家族みんなで遊び学ぶというシンプルな機能の中にも、アメリカをはじめ世界中の子どもたちの最初の創作体験に寄り添ってきたクレヨンメーカーの理念が現れています。消費者が信頼する企業としてのブランド力を活かし、その価値を向上させている好例といえるでしょう。
施設の存在を通して、地域社会や実際に訪れる人々、さらには自社のブランドイメージにとってポジティブな効果を追及できる企業ミュージアムは、社会貢献活動、CSR活動の場となり得ます。そのやり方や考え方は企業によっても施設によっても変わってきますが、消費者と社会に対して説得力のある姿を示し、伝えていくうえで、これらの事例は多くのヒントを与えてくれるのではないでしょうか。
ウェビナーアーカイブ動画
企業ミュージアム(クロステックミュージアム、いすゞプラザ、ロマンスカーミュージアム)運営企業各社をお招きし、「つくって運営したから分かったことや気づき」についてお話いただきました。

レポート執筆者
丹青研究所
レポートを執筆した丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。
文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。
多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。
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