自社技術を展示やワークショップによって発信する企業ミュージアムの海外事例

企業が持つ独自の技術を分かりやすく体系的に公開することは、ブランドの信頼を築くと同時に、次なるアイデアを育む共創のきっかけにもなります。本レポートでは、企業ミュージアムなどの見学・体験施設を通して自社の技術を魅力的に紹介し、来館者とのつながりを生み出している海外事例を紹介します。


※このレポートは2026年5月に執筆されたものです。
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自社の技術革新の歩みとともに、カメラの魅力を広めるミュージアム

老舗カメラブランドが築き上げてきた世界観を発信する拠点

世界的な人気を誇るドイツの老舗高級カメラブランド・ライカを製造するライカ・カメラ社は、ドイツ西部の都市ヴェッツラーに本社を含む複合施設「ライカ・ワールド」を構えています。この場所は、ライカ愛好家をはじめとするすべての写真ファン、そして世界中から訪れるゲストのために誕生しました。ライカのあらゆる側面を体感し、ブランドの世界観を堪能できる、ユニークでインスピレーションに満ちた体験を提供しています。

2014年のオープン以降、拡張・リニューアルを経て、現在はライカ・カメラ本社、ミュージアム、ホテル、カフェ、ショップ、ギャラリー、ライカアカデミードイツ(写真撮影のワークショップを開催する施設)、関連会社の社屋によって構成されています。ミュージアムの名称は「エルンスト・ライツ・ミュージアム」。ここは、ライカが誇る企業史と革新的なテクノロジーをインタラクティブに体験できる仕掛けに満ちています。

技術革新の歩みをたどる展示

ミュージアムの展示エリアは、<技術と歴史>、<見ることと知覚すること>、<写真撮影>の3つの常設展、そして特別展の計4つのセクションで構成されています。このうち、<技術と歴史>セクションでは、ライカの技術革新に携わった人物と、彼らが築いたマイルストーンをたどりながら、貴重なアーカイブ資料を鑑賞でき、ライカの技術革新を詳細に伝える展示となっています。

歴代の名機が並ぶコーナーでは、単なる製品の展示に留まらず、レンズの進化を徹底解説。各モデルのレンズが捉えた写真と詳細なキャプションによって、光学技術の変遷を丁寧に伝えています。また、ライカの生みの親であるオスカー・バルナックについての紹介コーナーも充実。彼が工房にのこした直筆の設計ノートの複製や、彼の撮影した写真の展示などがあります。このほか、シャッター音を聴き分ける歴代モデル当てクイズといった、遊び心のある体験型コンテンツも用意されています。

「写真を撮る」ことの奥深さを五感で味わう展示

そのほか、常設展の<見ることと知覚すること>は、「写真を撮ることとは、まず『見る』ことを学ぶことである」という哲学を具現化したエリアです。視覚や知覚を刺激する体験型の展示が多数用意されています。例えば、窓辺に設置された巨大な「絞り」の展示。人が近づくと開閉し、絞り値の変化によって景色の見え方がどう変わるかが直感的に体験できます。

写真の原理をユニークなかたちで表現した展示として、暗室でのフィルム現像・プリントのプロセスをデジタルで再現した体験コーナーも注目です。これは、テーブル型のタッチディスプレイと来館者自身のスマートフォンを連動させ、スマホ内の写真を「ネガ」に見立て、露光や薬品処理といった一連の工程をタッチ操作で体験できるというものです。手間のかかる暗室作業を、デジタルによって誰もが直感的かつ鮮烈に味わえる仕掛けとなっています。

そして<写真撮影>は、よりインタラクティブなエリアです。ここでは、展示室内に用意されたライカのカメラや来館者自身のスマートフォンを使い、写真撮影の基礎を実践的に学べます。風/動き/光/反射をテーマにした各ブースがあり、物理現象が写真にどのような変化をもたらすのか、実験を繰り返しながら撮影を楽しむことができます。また、プロによるポートレート撮影体験も用意されています。撮影した写真データは専用アプリからダウンロード可能できるので、来館の記念にもなるでしょう。

業界のトップランナーである企業のミュージアムは、写真への好奇心を呼び覚ます「入口」としての工夫が施されています。自社技術のアピールとエンターテインメント性が調和した、誰もが楽しめる空間となっています。

映画ファンにはたまらない!特殊効果のディープな世界を体験できるツアー&ワークショップ

数々の受賞歴を誇る映画制作スタジオが提供する夢のような体験

『ロード・オブ・ザ・リング』や『アバター』といった映画史に残るファンタジーの傑作を語るうえで、映画制作スタジオのウェタ・ワークショップの存在は欠かせません。同スタジオは、これらの作品に登場する小道具や特殊メイクなどを手がけ、アカデミー賞のほかさまざまな賞を受賞してきました。その歩みは、映像技術の革新の歴史そのものでもあるでしょう。そんな世界屈指のスタジオが本拠を構えるニュージーランドには、その卓越した技術を学べる「ウェタ・ワークショップ・エクスペリエンス(以下、エクスペリエンス)」と「ウェタ・ワークショップ・アンリーシュド!(以下、アンリーシュド)」という2つの体験施設があります。

スクリーンの中の「魔法」を作り出す特殊効果技術に触れるガイドツアー

エクスペリエンスはウェリントンに、アンリーシュドはオークランドに位置し、それぞれ異なる角度からスタジオの一流の技術を紹介する約90分間のガイド付きツアーを提供しています。

エクスペリエンスの目玉は、アーティストたちの「制作現場」の公開です。衣装や小道具、特殊メイクが生み出される実際の制作現場を、工房の窓越しに見学するというスペシャルな体験が可能。デジタル全盛の時代に光るアナログの職人技の価値を再発見できるはずです。

一方アンリーシュドでは、ファンタジー/SF/ホラーの3つのジャンルごとにセットを用意し、視覚効果の最前線を紹介しています。例えば、最新のアニマトロニクス(ロボットによって生物の動きをリアルに再現する特殊撮影技術)によってモンスターに息が吹き込まれる過程など、デジタルと物理的なメカニズムを駆使した特殊効果を没入感たっぷりに体感できます。スクリーンの中の「魔法」がいかにして構築されているのか、その舞台裏に触れる体験は、驚きと感動に満ちていることでしょう。

自らの手でつくるからこそ見えてくる職人技

ツアーに加え、多彩な体験型ワークショップも開催しています。モデリング用のアルミホイルと粘土を使った彫刻、リアルで不気味な傷跡の特殊メイク、精巧なジオラマづくりなど、プロの技術を基礎から学べるものばかり。いずれもスタッフの指導のもと、子どもから大人まで気軽に楽しめる内容になっています。

また、両施設とも、学校団体向けに特別料金でツアーとワークショップを提供しています。あわせて、公式サイトでは小学校の授業用教材の無料配布も行っています。学校の授業での訪問がきっかけで、子どもたちがクリエイターの道に関心を抱く、といった未来も開かれているかもしれません。体験の様子はこちらの動画(エクスペリエンスアンリーシュド)からご確認ください。

卓越した技術を間近に鑑賞し、自らもクリエイターの一員となってプロのこだわりを肌で感じられる特別な場所。ツアーとワークショップを組み合わせた体験からは、ものづくりへの情熱が存分に伝わるでしょう。

化学に関する技術を身近に感じさせ、持続可能な未来へのソリューションを提示する

歴史ある工場から発信する、暮らしを支える化学の可能性

「持続可能な将来のために化学でいい関係をつくる」ことを企業目的に掲げる総合化学メーカー、BASF。同社では100年以上も前から工場見学を実施してきました。2007年にオープンしたBASFビジターセンターは、1881年築の工場の一部を改装した展示施設で、当時の面影をそのまま残した外装が特徴的です。

館内では、200点を超えるインタラクティブな展示を通じて、BASFの開発する技術が日常生活の中でどのように役立っているのかを分かりやすく学ぶことができます。入場無料なので、気軽に訪問できるのも嬉しいポイントです。

日常の解像度を上げる、化学の視点を授ける

5フロアにわたる展示構成は、化学にまつわる地球規模の課題提示から始まり、次第に具体的な技術解説とその社会実装へと深まっていきます。まずは1階の<歓迎のフロア>からスタート。ここは、BASFが向き合っているグローバルな課題について紹介する導入エリアとなっています。

続く2階の<日常の中の化学>エリアでは、日々の暮らしを支える化学の役割を体感できます。顕微鏡で元素の実物を観察できるインタラクティブな周期表や、天然と人工の色/香り/素材を比較して区別できるか挑戦する体験展示など、五感を使って楽しく学べるコーナーが充実しています。これらは単なる体験型展示に留まらず、来館者がこの先に続く自社技術に関する展示を理解するための視点を養う重要なステップとなっているでしょう。

研究開発の軌跡とその成果を可視化

BASFの技術について語られるのは、見学動線の後半である3階から5階にかけてのエリア。BASFの技術的知見の蓄積と、それらがどのように未来の社会基盤へと昇華されるのかを示す構成になっています。

3階は自社の歩みを伝えるエリアで、<BASFの歴史>と<宝物庫>の2つに分かれています。<BASFの歴史>では、巨大な本を模したタッチスクリーン「オープンブック」を操作し、同社の伝統と革新の歩みをデジタルアーカイブで辿ることができます。<宝物庫>には、写真資料や塗料サンプルなど70 点を超える貴重な品々が並び、化学とともに歩んだ160年の重みを伝えています。

4階の<原料・価値の創出・持続性>では、CO2排出量実質ゼロの実現に向けた、BASFの挑戦について紹介。グリーン電力の活用や再生可能な原材料への転換といった取り組みを解説しています。そして最上階の5階は、BASFの多角的な技術が社会のどの領域を支えているのかを、<モビリティ>、<生活とスポーツ>、<健康と栄養>、<環境と安全>、<研究・発展・デジタル化>といったテーマごとに一望できます。例えば、BASFがデジタル変革を推進する様子をビジュアルで分かりやすく紹介する展示や、世界の食糧問題に関する議論にチャット形式で参加できる円卓型のマルチメディア展示などが揃っています。高度な化学技術がいかに社会の複雑な課題と結びつき、解決の糸口を提供しているのか。化学を活用して同社が導き出した一つの答えと未来社会への展望を、ダイレクトに体感できる仕掛けが随所に散りばめられています。館内の様子はこちらの動画からぜひご覧ください。

化学という一見難解な分野を、身の回りの事柄との関連付けや体験型の展示によって、ぐっと身近なものへと変えています。化学を活用して同社が提供する具体的なソリューションを示す数々の仕掛けは、企業が持つ技術への信頼を深めるとともに、持続可能な社会を自分事として考えるきっかけを与えてくれるはずです。

まとめ

自社の技術をミュージアムなどの施設によってアピールしたくても、その技術や専門分野がニッチであったり、難解に思われるものであったりする場合、どのように伝えるべきか頭を悩ませることもあるのではないでしょうか。今回ご紹介した3つの事例は、いずれもアプローチの工夫によって、そのハードルを鮮やかに乗り越えているようです。

ライカの事例では、単に製品を並べるのではなく、「見る・知覚する」という写真の本質的な哲学を体験に落とし込んでいます。ライカの光学技術の進化を展示によって明確に伝えつつ、撮影することの楽しさや奥深さを体感してもらうことで、ブランドへの深い理解を醸成しているように見受けられます。一方、ウェタ・ワークショップは、映画の裏側にある職人技をありのままに見せ、ワークショップを通じて来館者をクリエイターの一員へと引き込む手法をとっています。そしてBASFは、自社の化学に関する技術と身の回りの生活との接点を可視化し、五感に訴える展示を充実させることによって、高度な自社技術がいかに未来の社会課題を解決していくのかを分かりやすく提示しています。

これらの事例に共通していえるのは、技術を「知識」としてではなく、驚きや発見を伴う「体験」として再定義しているということではないでしょうか。企業の持つ専門性は、見せ方の工夫次第で、来館者の好奇心を刺激する最高のエンターテインメントになり得るのかもしれません。技術の「凄み」を「楽しさ」へと昇華させることで、単なる情報発信を超えた深い共感を生み、企業への信頼を積み重ねながら新しい未来の可能性を広げていく。そうした試みこそが、来館者とのつながりを生むための一つの有効なアプローチになるのではないでしょうか。

レポート執筆者
丹青研究所

レポートを執筆した丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。
文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。
多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。

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