インナーブランディングの海外事例|企業ミュージアムが社員の誇りと帰属意識を育む理由

企業ミュージアムなどのPR施設を持つことは、社会や消費者へのブランディングだけではなく、共に働く社員・関係者に向けたインナーブランディングにも役立ちます。本レポートでは、展示・施設機能・空間デザインを通して自社の理念を表現し、帰属意識や誇りの醸成を図っている施設の海外事例を紹介します。


※このレポートは2026年6月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。


メインターゲットは社員とその家族。130年超のストーリーを分かち合う企業ミュージアム

世界に誇るヘルスケアイノベーションの歴史を記念

大手ヘルスケアカンパニージョンソン・エンド・ジョンソン(以下J&J、1886年創業)のグローバル本社敷地内には、アワーストーリー(わたしたちの物語)と題したミュージアムがあります。施設は一般非公開。パートナー企業や地域の関係者は事前予約により見学できますが、社員とその家族をメインターゲットとしています。

かつて発電所だった建物には元々、昔の資料等を展示するエリアが設けられていました。これを全面改装する格好で2017年に開館したのが本施設です。計画に5年をかけたというプロジェクトの様子はこちらのメイキング動画から確認できます。現在は企業の歴史紹介ページに吸収されていますが、オープン当初は特設サイトによるオンライン版も提供し、業界を牽引してきたJ&Jにふさわしい革新性を表現しました。

企業の活動とその歩み、社会的貢献を伝える親密な空間

この施設が目指すのは、来館した関係者同士の感情的なつながりを構築しJ&Jに対する誇りを育むこと。社内の企業史家がキュレーターを務め、過去から現在に至るまでのイノベーションの歴史と同社が大事にしている《思いやり(Caring)》の伝統を包括的に共有できる場所をつくりあげました。

全11エリアからなる常設展示は、地球儀状のスクリーンで世界各地でのJ&Jの活動を伝える「グローバルコミュニティ」、発売当時画期的だったマタニティキットをはじめ貴重なコレクションが並ぶ「アーカイブ探検」、同社の経営理念《我が信条(Our Credo)》を体感する映像展示「信条に息吹を」などで構成。ベビーシャンプーの香りを体験する「思い出の再構築」には、記憶とにおいの結びつきを利用して自分の親や子どもと過ごした温かい時間を思い出してもらおうという狙いがあります。

レンガ造りのクラッシックなファサードは施設の顔。新たに整備された広場とガラス張りのロビーを通して、上述の展示が展開されるメインホールへと来館者を誘います。広い館内には、空調管理された資料保管・展示作業用スペースの他、イベント開催時のための小さなキッチンや準備室などもあるそうです。

企業ミュージアムによるインナーブランディングの好例。社史とその根幹にある価値観にフォーカスした施設は、企業の今を支える人々を結びつけ、その信望をさらに高めてくれるでしょう。

100周年事業から生まれた独創的なコンテナ展示で帰属意識を共有

世界各地の社員たちが出会い、対話するための歴史的拠点

イタリアに本拠を置く多国籍製薬会社、ザンボン(1906年創業)はミラノ近郊に入場無料・事前予約制の見学施設、ザンボン・ミュージアムを構えます。同社の旧倉庫を改修するかたちで整備したもので、2006年の100周年記念事業の折に自社のアイデンティティについて、またその歴史がもつ遺産的価値について考えたことが構想のきっかけになったといいます。

地方の医薬品販売業者として始まったザンボンは、今日では世界87カ国に拠点を持ち、約3,000人の社員を抱えます。今世紀に入ってからは、スタートアップ支援機構や教育財団、イノベーションキャンパスを立ち上げるなど意欲的な活動を展開しています。

そのように、外の世界にも開かれた場所やプロジェクトの創出を通して共同体としての成長をめざす同社にとって、このミュージアムは企業の活動の一部。創業者一族の情熱と価値観をもとに営まれてきた歴史を共有し未来を築き上げていくための源泉です。社外の人々との交流はもちろん、ともに歩む社員たちの出会いと対話の場と位置づけ、ビジネスプレゼンテーションやセミナー、会議、さらにはクリスマスイベントなどの社内行事の会場として、世界各地の社員が帰属意識を分かち合う機会を提供しています。

有形・無形の遺産を通して自社の情熱と価値観を表現

展示についても見ておきましょう。まずは公式サイト内の動画をご覧ください。工業用倉庫の佇まいを残した施設の中には、「Z」「A」「M」「B」「O」「N」の6文字を冠したコンテナが並びます。各文字に象徴されるテーマ別展示となっており、例えば、「Z」はザンボン(Zambon)とその歴史、「A」は同社の心臓部である作り手(Auteurs)すなわち社員たちを取り上げます。「M」では製造(Make)、「B」ではブランド(Brand)に焦点を当て、「O」の機会(Opportunity)では常に進歩に貢献してきた研究を解説、「N」の今(Now)では未来を見据える企業の姿を紹介します。

2008年のオープン以来、同社の価値観を表現し支えてきた施設は2026年6月現在、リニューアルに向けて一時休館中。ザンボンは2026年に創業120周年を迎えましたが、その歴史と未来へのビジョンを伝える新たな方法が検討されているようです。

社内外のイベントの会場として企業ミュージアムを活用。資料の展示には留まらない、出会いや親睦のための空間とすることで、この場所を訪れた社員たちが共通の帰属意識を感じられるようにしています。

美に携わる企業としての理念・価値観を体現した本社複合施設

世界の舞台への夢を込めた「美の殿堂」

韓国を代表する化粧品メーカー、アモーレパシフィック(1975創業)の本社ビルは、世界的建築家デイヴィット・チッパーフィールドが手がけたことで知られます。オフィスエリアに加え、一般の人々が入れる美術館やショップ、カフェなども併設した本社複合施設として2018年に誕生しました。

ソウル中心部のヨンサン(龍山)エリアにある建物は、白を基調とした巨大な立方体状の外観が特徴的。朝鮮時代の白磁壺をモチーフとしたもので、ハノク(韓国の伝統家屋)の中庭から着想を得たという美しいルーフガーデンは外からも垣間見ることができます。こうした建築美に象徴されるように、本施設は世界の舞台へのアモーレパシフィックの夢を込めた「美の殿堂」。2023年には竣工5周年記念特別展「ビルディング.ビューティー」を開催しました。

ワークプレイスと社会的・文化的コミュニケーションの融合

施設の大きな目的のひとつは、ワークプレイスにおけるクリエイティビティとコミュニケーションの促進。建築そのものを通して同社が携わる「美しさ」を体現するとともに、社内の絆を自然に育むような開かれた空間を追及しています。前述のルーフガーデンは館内三か所にありますが、いずれも社員の交流・憩いの場であるそう。カジュアルなミーティングのためのスペースやフィットネスクラブなど、その他の機能も充実しています。

「美しさ」を人々と共有し、街に新たな文化を吹き込むため、地下1階から地上3階までのフロアは一般開放。このエリアには、創業者の美術品コレクションに基づくアモーレパシフィック美術館(2009年設立)の他、世界の展示図録ライブラリ「apLAP」、450席のオーディトリウム、ビューティラウンジ&ショップ「アモーレ龍山(ヨンサン)」、アモーレパシフィックのお茶ブランドであるオスロックのプレミアムカフェなどが入ります。エントランスロビーの大きなアトリウムが、企業と社会、社員と顧客とのコミュニケーションを促します。

アモーレパシフィックの公式サイトでは、この本社複合施設をはじめとする関連施設を「美しさ」を伝える企業としての想いが詰まった建築・空間として紹介。同社自慢の社屋で働く人々の様子は一連の広報動画からも見ることができます。

建築とオフィス環境の面から自社の理念を表現。本社機能を中心として外部の社会や消費者に対しても開かれた施設は、社員同士が価値観を共有し、日々の業務に反映するうえでも刺激となりそうです。

まとめ

インナーブランディングとは、自社の企業理念や価値観を社員・関係者に伝え、浸透させるための取り組みです。さまざまなアプローチが考えられますが、企業ミュージアムのような見学施設、あるいは本社機能を備えた複合施設の活用は、その具体的な手法のひとつです。

例えばJ&Jでは、豊富なアーカイブを活かしながら、自社の歩みについて調べ続けてきた社内企業史家の手によって、社員とその家族に向けて語るべきストーリーを編みなおしました。展示を通じて企業の活動や歴史、価値観を表現できるのは、企業ミュージアムの何よりの強みでしょう。さらに、そうした展示エリアを含む空間の全体を、社内外の人が集まり交流する場所として使うこともできます。ザンボン・ミュージアムは周年事業をきっかけに誕生した施設ですが、常に共同体として成長しようとする同社にとって、世界各地の社員たちを迎え入れることのできる拠点をもつことは大きな意味を持ちます。一方、アモーレパシフィックの本社複合施設は、社員が集うオフィスエリアと自社に関連したショップやミュージアムを組み合わせることで、社会や消費者との日常的な接点をつくりだしています。美しい建築が同社の理念の象徴であることは言うまでもありません。

一般公開の度合いや範囲にこそ違いはありますが、企業ミュージアムも本社複合施設も、社員・関係者自らが見て、感じることのできる空間です。施設見学やイベント参加、あるいは毎日の職場というかたちで自社についての理解と愛着を深められるこのような場の存在は、外部へのブランディングはもちろん、社内に向けたインナーブランディングにおいて重要な役割を果たすのではないでしょうか。

レポート執筆者
丹青研究所

レポートを執筆した丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。
文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。
多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。

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