コラム

企業博物館・企業ミュージアムの役割と効果及びその可能性

Date: 2022.08.09

企業ミュージアムや企業博物館といわれる施設は、多種多様なかたちで展開され、運営にも趣向が凝らされるなど、日々進化を続けています。

今回は、ご自身の専門領域であるマーケティング、ミュージアム・マネジメント、コミュニティ・リレーションズを通じて企業博物館を研究されている大正大学地域創生学部地域創生学科 専任講師の高柳直弥氏に「企業博物館・企業ミュージアムの役割と効果及びその可能性」についてご解説いただきます。

高柳直弥

大正大学地域創生学部 専任講師

2012年:大阪市立大学大学院経営学研究科後期博士課程修了 博士(経営学)
同年:Shih Chien University(Taiwan)College of Culture and Creativity, Assistant Professor
2015年:大阪市立大学商学部 特任講師
2016年:豊橋創造大学経営学部・大学院経営情報学研究科 専任講師
2018年:大正大学地域創生学部 専任講師(現在に至る)

企業博物館の存在は、企業活動や社会にどのような意義をもっているのだろうか。以下では、近年活発化してきた企業コミュニケーション活動としての側面に着目しながら、企業博物館の役割と効果について整理していこう。最初に抑えるべきなのは、企業博物館も資料の保存や収集・展示のほか、資料の価値や意味を新たに発見したり、創造したりする、博物館としての役割を社会に対しても、企業に対しても担っているという点である。そのことで、企業博物館の効果と呼べるものがうまれてくる。もちろん、いずれの効果も企業博物館の力のみで達成されると考えるべきではない。企業博物館の存在意義は、企業が活用する他のコミュニケーションツールや、企業博物館と関連して展開される他の活動との組み合わせの中で、より明確となり、また期待される効果を発揮できる可能性も高まるのである。このような認識をもとに、企業博物館の役割や効果について、次のように整理してみた(図表1)。

                  図表1 企業博物館の役割や効果の例

博物館と来館者の関係は、企業と顧客の関係と同じように捉えることもできる。企業が製品やサービスのマーケティングなどにおいて、ターゲット顧客層を設定した上で、その顧客層に適した活動を展開していくのと同様に、博物館も来館者や利用者像を想定しながら展示やイベント、アウトリーチ活動などの内容を検討していく。
企業博物館の場合、博物館を開設する企業(以下、保有企業)のステークホルダーをターゲット来館者として想定することになる。以下では、それぞれについて少し詳しくみていこう。

【対顧客】マーケティング・コミュニケーションでは

企業博物館の来館者として想定されるステークホルダーが保有企業の商品やサービスの顧客の場合、その企業博物館はマーケティング・コミュニケーションツールの一つとして、広告や販促活動などとともに、いわゆるプロモーション・ミックスの構成要素の一つとして機能する。カスタマー・ジャーニー的な視点で例をあげると、テレビCMで商品の認知度を高めつつ、商品に対するこだわりや開発のストーリーなどを企業博物館で紹介して好意的なイメージを形成し、さらには他の販促活動などの後押しによって、商品の購買に結び付けていくといったことが考えられる。また、商品についての好意的なイメージの形成という顧客の態度変容を促すという点では、商品についてのポジティブな印象や評価などを、顧客同士で会話してもらうことも重要である。そのような状況をうみだすための素材提供の場としての役割も企業博物館は担っている。

上記の例については、基本的に企業博物館での体験と実際の購買のタイミングや場所が異なることが想定されているが、併設するミュージアムショップなどで、自社商品を販売する場合のように、企業博物館での体験と商品の購買のタイミングや場所が一致するも考えられるだろう。

【対従業員】インターナル・コミュニケーションでは

企業博物館の活用に関わる保有企業のステークホルダーとして忘れてはならないのが、保有企業の従業員である。企業博物館を通じて、企業のあゆみや事業内容を従業員に伝えることで、自分達の企業はどのような存在意義を社会にもっているのか等を理解することにつながる。また、創業者や経営者に関する伝記的な内容の展示は、これらの人々が持っていた経営に対する理念を伝える手段となる。

図表2は筆者が以前実施した、従業員を利用者として想定している企業博物館に対するアンケート調査の結果の一部である。各企業博物館に対し、「図表内の15項目が自社の従業員に向けて伝えている内容に含まれているか」について質問した。この結果をみると、保有企業の従業員に対し、創業や経営の理念を伝えている企業博物館が多いことがわかる。また、技術力の高さやイノベーション事例を伝えていると回答している企業博物館も多く、技術力やそれによる社会への貢献を自社の存在意義として従業員に伝えようとしている企業が多いことが読み取れる。他方で、失敗事例や事件、事故などのネガティブな情報を伝えるところは比較的少ないことも読み取れる。

               図表2 企業博物館が自社の従業員に伝えているもの

高柳直弥(2019)「企業博物館の運営と資料管理」『情報の科学と技術』69巻2号66ページを筆者一部修正。

これらインターナル・コミュニケーションにおける企業博物館の役割も、他の取り組みやコミュニケーションツールと組み合わせることによって、存在意義が増してくると言える。筆者が以前おこなった研究 では、企業は企業博物館の他に、社内報や自社制作のビデオ上映を通じて、理想として思い描いている企業像への従業員の理解を促したり、従業員がその姿から外れた行動をとることを防いだりしている。また、近年ではテクノロジーの発展によって、Eメールやイントラネット、ポッドキャストに代表される音声配信や映像配信のシステムなども併用されている。さらに重要となってくるのが、企業博物館を見学した後に従業員同士や講師を交えて実施される振り返りなどのワークショップ的な活動である。この活動を通じて、個々人では気づくことができなかった考え方や理念に対する解釈などが従業員全体に共有されることになる。

【対一般公衆】パブリック・リレーションズでは

企業博物館のステークホルダーには、保有企業のビジネスにおける顧客だけではなく、一般公衆も想定できる。その場合、企業博物館はパブリック・リレーションズのツールという役割を担う。自社の事業活動に対する理解度の向上は、一般公衆との良好な関係を築く上での基本の一つである。しかし、商品そのものを通じて一般の人々の中での認知度や理解度を図ることができるBtoCビジネスを持つ企業とは異なり、BtoBビジネス中心の企業では、これが課題の一つとなることもある。これに対し、企業博物館は自社についての説明、すなわち何をしている企業なのかや、事業を通じて人々の生活をどのように支えている企業なのかを効果的に伝えることができるツールとなる。例えば、電力企業は火力や風力、原子力等の発電の仕組みや意義を人々に理解してもらうために、それらを解説する企業博物館を発電所立地地域において運営してきた。

主力ビジネスのあり方に関わらず、企業博物館は保有企業に対する一般の人々のイメージを、保有企業にとって理想的なものにしていくツールでもある。保有企業は特定の資料を意図的に企業博物館の展示物として選択したり、数ある展示物の中でも目立つように配置したりすることによって、それによって、自社が理想とするイメージを企業博物館から発信できるからである。例えば、企業博物館において、設立企業の創業者や経営者の発明品や開発した製品を展示し、技術者としてのストーリーとして伝えるは、人々に対して、事業の成功による利益の獲得や資産形成だけではなく、発明や技術革新による社会貢献をしてきた企業あるいは創業者や経営者という印象につながるのである。

もちろん、本当の意味で上記のような世間のイメージの形成、ひいてはそれを通じた関係性の構築・維持を保有企業が真に達成するためには、いわゆる企業広告などの活動などとも連動した上で、実際の企業活動やその結果が企業博物館の内容と矛盾してはならない。たとえ人々の安全や安心を最優先に心掛けている企業というイメージを持ってもらうため、どんなに企業博物館の内容が工夫されていたとしても、実際に保有企業が人々を不安にさせるような事故や事件を起こすとすべてが水の泡になるのである。

企業博物館の社会的意義

企業博物館の運営は保有企業の社会貢献活動や地域社会との良好な関係づくりのための活動として扱われることも多い。例えば、博物館は立地する地域の人々の暮らしや風土に関する資料等を収集し、固有の文化として保存していくことによって、その地域の個性の喪失防止や、地域社会のアイデンティティ形成に貢献している。また、博物館の設置や運営に伴って生み出される雇用や、観光客を地域に呼び込むことによる地域の飲食店や商店の賑わい増進など、経済的な貢献をしている側面や、地域社会の魅力や情報についての対外的な発信を担っている側面もある。企業博物館をつくり、運営することは、こうした役割も担う施設を企業としてつくり、運営することを意味する。そのため、地域社会への貢献活動や地域社会との良好な関係づくりとして扱われることになるのである。以下では、具体的に日本の企業博物館がどのように社会的な役割を担っているのかを確認しておこう。

近年、日本では西欧化を通じて発展してきた産業に関する資料が、日本の「遺産」として認定されるようになってきている。代表的な動きの一つに、経済産業省によって公表された「近代化産業遺産群」をあげることができる。これは、日本の近代産業と関連する建築物や機械、装置などを調査し、地域社会と産業の関わり合いの歴史など、社会的背景をストーリー化することによって、自治体が産業観光などの地域活性化をはかる際に活用することをねらいとしたものである。ここで選定されている産業遺産には、企業が保有してきたものや企業博物館の所蔵資料となっているものも含まれている。産業だけではなく、その産業を支えてきた地域社会も含めて文化的な遺産として扱われるようになりつつある中で、企業博物館がそれらのアーカイブとして機能しているということである。もちろん、このような社会や地域の文化の保存施設としての役割を果たしていくにあたっては、企業の外部の動きとして、産業の発展を物語るもののひとつとして、企業の製品や機械設備などを調査し研究する学会や研究会などの活動も重要となる。

経済活動の中で生まれてきた様々な成果やノウハウを、地域社会の文化としても保存している企業博物館では、産業観光の施設として、その産業と地域社会との関わり合いの歴史などのストーリーを人々に発信する取り組みも行われている。このようなストーリーは、自分たちが何者であるのか、どのような歴史的背景を持つ地域で育ってきたのかという地域の人々の認識に影響を与えることができる。観光や見学で訪れた外部の人々に対しても同様である。すなわち、企業博物館が地域社会と産業との関わり合いの歴史を発信していくことは、自分たちが何者なのかということに対する、地域の人々自身の認識と、地域を訪れる人々の双方に働きかけて、地域社会のアイデンティティの形成に貢献するのである。その際、地域社会の人々に向けては、学校教育や市民講座など、企業博物館の見学と並行したプログラムの実施が重要となってくる。また、観光施設として地域外の人々に向けた活動を展開する場合には、地域内の他の観光資源や観光施設との間で調整の上で、地域として一貫性のある観光まちづくりを進める必要がある。

ビジネスと公共を包含する企業博物館の可能性

一般的に、博物館という存在は公共施設として認識されることが多く、資料の保存や収集、展示のほか、資料の価値や意味を新たに発見したり、創造したりすることで社会に貢献していくと考えられている。これに対し、企業博物館では、そのような存在意義に加えて、保有企業や資料等を提供する企業のビジネスに対しても貢献している。言い換えると保有企業それぞれのビジネスにおける役割と、公的な施設としての役割が融合した、ハイブリッドな存在であると言える。

日本において長年にわたって企業博物館が運営されてきたなかで、当初はどちらかの役割に偏りがちであったこともあるが、次第にハイブリッドな存在として発展を遂げてきているものも多い。企業内での正当性と、博物館とはどのようなものであるべきかという認識を持つ社会における正当性を、どちらも獲得する上で、それは不可欠な発展であったのかもしれない。今後も、新たな形の企業博物館が誕生する可能性は大いにある中で、どのような形で発展をとげていくのかに注目したい。

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