コラム

シェアードメディアを通じて考える
企業ミュージアムの歴史や理念の伝達機能とアミューズメント機能の共存

Date: 2023.10.03

「企業博物館・企業ミュージアムの役割と効果及びその可能性」について解説していただいた、企業博物館を研究されている大正大学地域創生学部地域創生学科 准教授の高柳直弥氏に、今回は「シェアードメディアを通じて考える企業ミュージアムの歴史や理念の伝達機能とアミューズメント機能の共存」についてご解説いただきます。

高柳直弥

大正大学地域創生学部 准教授

2012年:大阪市立大学大学院経営学研究科後期博士課程修了 博士(経営学)
同年:Shih Chien University(Taiwan)College of Culture and Creativity, Assistant Professor
2015年:大阪市立大学商学部 特任講師
2016年:豊橋創造大学経営学部・大学院経営情報学研究科 専任講師
2018年:大正大学地域創生学部 専任講師
2023年 大正大学地域創生学部 准教授(現在に至る)

メディアとしての企業ミュージアム

ミュージアムをメディアとして捉えるという考え方は、現在では国内外のミュージアム研究において、ある程度の市民権を獲得している。国立民族学博物館の初代館長を務めた梅棹忠夫氏が『メディアとしての博物館』というタイトルの著書を出したのが1987年であるから、少なくとも35年前には存在していた考え方といえる。

企業ミュージアムに対しても、その役割や機能をメディアとして捉えて考察していく議論はこれまでにも行われてきた。前回のコラム「企業博物館・企業ミュージアムの役割と効果及びその可能性」でも紹介したように、各種ステークホルダーを対象とした企業によるコミュニケーション活動における手段の一つとして企業ミュージアムを扱うというものである。企業ミュージアムは、その設立企業の「オウンドメディア(Owned Media)」として議論されてきたのである。

マーケティングにおけるメディア戦略

オウンドメディアとは、企業自らが各種コミュニケーション活動を行うために所有しているメディアのことで、自社のWebサイトや広報誌、パンフレットなどが代表的なものとしてあげられる。また、各種SNSにおいて自社の公式アカウントを取得して投稿等の活動を展開する場合も、オウンドメディアの運用として扱うことができる。Web媒体や紙媒体などの例をあげることが一般的ではあるが、前述した要件を満たしているという意味においては、企業ミュージアムもオウンドメディアの一つとして扱うことができる。

マーケティングやビジネスにおけるコミュニケーション戦略に関する議論のなかで、オウンドメディアという言葉と比較される形でよく登場する言葉に「ペイドメディア(Paid Media)」と「アーンドメディア(Earned Media)」がある。

ペイドメディアとは、他社の媒体にお金を支払って利用するメディアのことである。マスメディアやインターネット、屋外の看板や壁面などに出稿する広告などが該当する。近年ではSNSにおいても、企業などの広告がユーザーの投稿と同じような形で表示される場面を目にすることが増えてきている。このようにSNSはペイドメディアとして機能する側面もあるが、最も注目されることが多いのはアーンドメディアとの関係においてである。

アーンドメディアとは、口コミサイトなどのように、消費者やメディア関係者など、企業に直接的には関わりがない第三者が発信する媒体や、雑誌やWeb記事、テレビ番組において、企業やその商品・サービスなどが紹介されるといったメディアのことである。これら二つのメディアとオウンドメディアをまとめた呼び方として、「トリプルメディア」という表現が2000年代後半に登場し、それぞれの特徴を考慮したコミュニケーション活動の組み合わせや戦略を展開していくことが重要視されてきた。さらに現在では、アーンドメディアを報道や取材などで紹介された場合のみに限定し、SNSや口コミサイトでの投稿・拡散に対しては「シェアードメディア(Shared Media)」という分類を追加し、それぞれの頭文字をとって「PESOモデル」と表現して議論するようになりつつある。

企業ミュージアムにおいては、設置企業のブランディングやインターナル・コミュニケーションなどにおけるオウンドメディアとして、展示資料の選択や演出方法の工夫などに注目した研究が数多く行われてきた。その一方で、オウンドメディア以外の視点からも企業ミュージアムの存在意義を考えることができる、ということも指摘しておきたい。

例えば、設置企業の事業内容や歴史、過去の商品・サービスなどに関するメディア取材の対応は、多くの企業ミュージアムにおいて業務の一つとなっている。その成果として、取材対応したメディアにおいて、協力した企業ミュージアムの内容だけではなく、上で述べた設置企業の事業や歴史、過去の商品・サービス、それらにまつわるエピソードなどが紹介されることになる。このように捉えると、企業ミュージアムはアーンドメディアへの掲載に貢献するオウンドメディアといえるだろう。また、他のミュージアムと同様、大学生や研究者の調査や研究協力として、資料の開設や情報提供を行うこともある。こうしたケースも結果として研究成果の発表という形でメディア対応と同様、第三者による発信という成果を期待することができる。

こうした事実をふまえ、企業ミュージアムのなかには取材対応件数や対応内容を把握・記録し、集計結果などを成果として報告するようにしているところもある。「東芝未来科学館」が発行しているアニュアルレポートなどが、その例である。また、対応した成果としてあらわれる各種メディアでの紹介時間や記事のスペースの大きさなどを、広告として出稿した場合の費用に換算してみることもできる。この場合には、企業ミュージアムというオウンドメディアの意義を、ペイドメディアの利用とも関連付けて考えることができると言える。実際、とある企業ミュージアムでは、自館の取材対応の成果として考えられるメディアでの紹介事例を広告費換算した結果、自分たちが非常に大きな額のペイドメディア利用に匹敵する成果を生み出していることがわかり、企業内での存在意義の向上や再認識につながったという話もある。このような状況を図で示すと以下のようになる(図1参照)。

              図1 トリプルメディアの視点からみた企業ミュージアム

近年の企業ミュージアムにおけるアミューズメント機能の強化

次に、オウンドメディアとしての企業ミュージアムの動向を見てみよう。近年、企業ミュージアムは設置企業の理念や事業内容、商品・サービスなどの歴史を伝える、広い意味での企業ブランディングでの貢献を期待されている。その傾向の一つとして、体験型の設備や企画を充実させ、いわゆる「楽しい施設」としての性格を強化する動きが見受けられる。例えば、日清食品の企業ミュージアムである「カップヌードルミュージアム横浜」には、同社の創業者の発明に関するエピソードなどを紹介するだけではなく、オリジナルのカップヌードルを作ることができる工房やチキンラーメンを手作りできる工房など、アトラクションが充実している。また、ある機械メーカー系の企業ミュージアムでは、設置企業の製品を実際に操作できる仕掛けや、子どもたち向けに実際の操作と似た動きを楽しく体験できる仕掛け、製品の仕組みや製造工程等に関するクイズやゲームなどが提供されている。製品づくり体験以外にも、楽しさを演出する様々な体験型の仕掛けが企業ミュージアムに取り入れられていることがわかる。

滋賀県長浜市にある「ヤンマーミュージアム」(2013年3月オープン)も、体験型の仕掛けが充実している企業ミュージアムである。同館の場合、オープン当初からヤンマーという企業の100年間の事業内容や歴史の紹介を中心に、長浜という地域への貢献にも力を入れた運営が展開されてきた。関係者に対し「ミュージアムが立地する地域への貢献を意識した運営を目指すのにあたって、参考になる企業ミュージアム」をあげてもらうと、必ず同館の名前が出てくる印象がある。そのヤンマーミュージアムが2019年10月にリニューアルオープンした際に強化されたのが、体験を通して企業理念を伝え、学び、育むという役割である。

このように、体験型の仕掛けを充実させた「楽しい施設」としての発展が、近年の企業ミュージアムにおける傾向の一つとして挙げることができる。では、この動きの中で、従来のような企業の事業内容や歴史、理念の紹介を通じた企業ブランディングは実現できるのだろうか。従来型の企業ミュージアムの機能、すなわち理念や歴史の伝達と、「楽しい施設」としての機能(=アミューズメント機能)の共存は難しいという意見もあるかもしれない。

これと似たような問いは、ミュージアムにおける「学び」と「楽しさ」の関係として、ミュージアム研究の中でも議論されており、そこでは学ぶことの動機付けや学習の促進を見据えると、「楽しさ」が備わった展示空間やプログラムづくりが重要であるとの見方も提示されている。こうした議論をもとに、筆者は企業ミュージアムにおける「楽しい施設」としての役割と企業ブランディングに貢献する役割も、二者択一になるのではなく共存可能なものではないかという仮説をたてて検証を行った(*1)。その際に注目したのが、企業ミュージアムにとってのシェアードメディアとなる旅行口コミサイトにおけるユーザーのコメントである。以下ではその概要を紹介していこう。

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*1)詳しくは、高柳直弥・粟津重光(2021)「企業博物館における娯楽とコーポレート・コミュニケーションの両立に関する考察」『広報研究』第25号,32-47ページを参照

旅行口コミサイトにおける企業ミュージアム来館者の評価コメント

今回の検証では、旅行口コミサイト内の各企業ミュージアムに対して集まったユーザーコメントを対象にテキストマイニングを行い、設置企業の「製品」や「歴史」、「楽しい施設」などに関連する単語の出現頻度に注目した。調査対象としたのは、以前に企業ミュージアムの運営実態を把握する為に実施したアンケート調査に回答があった企業ミュージアムである(*2)。ここでは調査結果すべてを紹介することはできないが、例えば「カップヌードルミュージアム大阪池田」や「カワサキワールド」では、全クチコミ投稿の50%以上において、楽しい、娯楽、ゲームなど、「楽しい施設」に関連する表現が含まれていた。これらの企業ミュージアムには、前述した企業ミュージアムを対象としたアンケート調査で、自館が「楽しい施設」としての特徴を有していると認識していることがうかがえる回答傾向があった。このことから、各館の自覚とも一致するようなかたちで、「楽しい施設」であることを示唆する情報の発信や拡散が、来館した人々によるシェアードメディアを通じて行われていたということがわかる。

次に、こうした「楽しい施設」であることを示唆するクチコミの中で、設置企業の歴史や製品などについての言及が、どの程度同時に行われているのかを分析してみると、カップヌードルミュージアム大阪池田や、カワサキワールドでは、比較的高い割合で「楽しい施設」であることを示唆するクチコミの中で同時に言及されていることがわかった。カップヌードルミュージアムについては、カップヌードルづくりやチキンラーメンづくりの体験が楽しいという言及と同時に、日清食品の歴代商品やカップヌードルの発明の流れなどを知ることができるという評価コメント、カワサキワールドの場合はバイクや電車のシミュレーションコーナーの楽しさに言及すると同時に、川崎重工業の事業や歴史を知ることができるという評価コメントが見受けられた。

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*2)アンケートの結果についての詳細は、高柳直弥(2018)「企業のコミュニケーション活動と博物館機能の観点から考察する日本の企業博物館」『広報研究』第22号、79‐96ページを参照。

企業ミュージアムのこれから

このように、筆者が実施した旅行口コミサイトのユーザーによる評価コメントの分析からは、企業ミュージアムにおいて、アミューズメント機能と、従来から展開されてきた企業や製品の歴史やそこから感じ取ることができる理念を伝える企業ブランディング機能が共存できると考えられる。もちろん、「楽しい」という感情は人によって様々な理由から生じるため、これらの共存が可能なことを明確にしていくためには、さらなる調査や分析も必要である。また、今回はこれらの機能の共存について、シェアードメディアの動向をもとにして考えてきたが、シェアードメディアの性質上、設置企業の従業員のような内部ステークホルダーにおいても同様の結果が出るのかについては明確となっていない。企業ミュージアムを設置企業の従業員がどの程度評価しているのかは、企業ブランディングやその後のミュージアムの存続にもかかわる重要な要素である。その意味では、アミューズメント機能の強化が、内部ステークホルダーである従業員の企業ミュージアムに対する評価に、どのような影響を与えるのかについての検証を行っていく必要もある。

アミューズメント機能が強化され、その楽しさが評判になった企業ミュージアムは、いわゆる観光や遊ぶための場として、来館者数も多くなっていく傾向がある。そのため、企業ミュージアムにおけるアミューズメント機能の強化は、今後も進んでいくだろう。その一方で、企業の歴史や成り立ち、そこから感じ取ることができる理念などを伝えて企業ブランディングにつなげていく機能も残されることになるだろう。そのような機能をもつミュージアムであることを評価するステークホルダーも存在するためである。こうした点をふまえても、今後の企業ミュージアムが、より効果的なオウンドメディアとして発展していく上で、両者の共存が不可欠なものとなるであろう。

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