コラム

企業の歴史展示:自社の歴史を訴求力高く発信するために

顧客やステークホルダーに対し、自社をアピールし、理解してもらうためには、企業の沿革や技術開発、事業展開の歴史を紹介することが重要な要素の一つとなるのではないでしょうか。しかし、過去の出来事を時系列で伝える歴史紹介は単調になりがちです。今回、ミュージアムやビジターセンターというリアルの場を活用して、訴求力高く歴史展示を展開している好例について、ご紹介します。


※このレポートは2023年4月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。

社員から資料やストーリーを集めて作った歴史展示

ニューバランス国際本社のビジターセンター

アメリカ・ボストンのスポーツ・シューズ・メーカー、ニューバランスが国際本社を新設する際、そのエントランスにビジターセンターを整備しました。本社周辺にはニューバランスが運営する多目的スポーツ・スタジアムや、地元アイス・ホッケー・チームのスケート・リンク等、スポーツ関連の施設が集積しています。当ビジターセンターは小規模ながら、アスリートや国内外の取引先や連携事業者、そして消費者の利用が想定されています。

 

従業員から歴史的資料を募集するコンテストを開催

ビジターセンターを整備する際に、まず考えたのは企業の文化や歴史を形づくった従業員のことであるとニューバランスの経営層が語っています。新国際本社建設に先駆け、旧本社の各自デスクの下や自宅に眠っているニューバランスの関連資料を募集する、従業員を対象としたコンテストを実施したのです。アメリカ国内だけでなく、世界中の従業員に参加を呼びかけ、5,000人以上の従業員から資料やストーリーを集めたといいます。

 

スニーカーの作り手を想像させるような展示

できあがったビジターセンターでは、企業文化やベストヒット商品等を実物とともに紹介する展示とともに、スニーカーの作り手を想像させるような、工場の雰囲気をみせるメーカーズ・コーナーを展開しています。スニーカーづくりの作業場の様子やスニーカーに使用する素材を見せています。また、展示空間デザインでは、特徴的な三角形をつなぎ合わせたアーチ状の造作を展開しています。鶏の足が3つのカギ爪で支えられていることをヒントに、3点で支えるシューズ(新しいバランスのシューズ)を設計した、ニューバランスの創業当時の開発ストーリーを表現したものだということです。

歴史展示の制作過程に従業員を巻き込んだ事例。企業の歴史や企業の文化を作っているのは従業員であるという思想から来たものと考えられます。小規模ながら、展示空間デザインも印象的であり、そのデザインも創業の際の技術開発を表現するものということで、施設全体でその歴史を印象的に紹介しているとも言えるでしょう。

3Dプリンタで歴史的コレクションのミニチュアを再現、象徴的な空間演出を行う

ディオールが創業の地のブティックを大型リニューアル

クリスチャン・ディオールが、創業の地であるフランス・パリにあるモンテーニュ30番地のフラッグシップ・ストア「30モンテーニュ」を2年以上かけてリニューアルしました。

2022年3月にオープンした、総面積約10,000㎡の新たな空間には、ブティック、3つの緑豊かな庭園、2つのレストラン、クチュールやジュエリーのアトリエ、宿泊可能なプライベート・スイート・ルーム、ミュージアムが備わった複合的な施設になっています。

ミュージアムとしてつくられたラ・ギャラリー・ディオールは、オートクチュールの製作過程の展示や、ブランド設立者であるクリスチャン・ディオールの仕事部屋、モデルたちの楽屋の様子を再現した部屋、歴代デザイナーによる作品紹介等、75年にわたるディオールの歴史を紹介しています。

 

3Dプリンタで再現した歴史コレクションのミニチュアを印象的に展示

そのラ・ギャラリー・ディオールのなかでも、中央の階段に設置された「ジオラマ」と呼ばれる展示は、ディオールの歴史を象徴的に表現する展示として目をひくものとなっています。

ディオールは自社の歴史コレクションを整備しており、そのコレクションをミニチュア化し、カラフルに展示したものです。ミニチュアドレス452点のほか、3Dプリンタで製作された1,422点の資料(ハンドバッグ、靴、香水瓶等)を含む1,874点を制作、階段をとりまくようにダイナミックに展示。こちらに紹介動画が公開されています。3Dプリンタを使用した製作には10万時間が費やされ、一大プロジェクトであったようです。

フラッグシップ・ストアが企業の魅力を多角的に伝える複合施設となっている点がまず特徴的です。
そして「ジオラマ」は、歴史を印象的に魅せる手法として、非常に興味深い事例となっています。公式サイトにおいても、同施設を紹介するメディアもこの「ジオラマ」の画像をトップに据え、目を引くシンボル展示として扱われています。ここで来場者が写真を撮り、SNS等でシェアすることを狙ったとも考えられます。企業の歴史の深さとともに華やかさをも表現しており、企業イメージを具現化した好例です。

「航空機」という一つの対象から、多数の歴史を紐解き続ける

さまざまな時代の航空機の実機を展示するボーイングのミュージアム

航空宇宙機器メーカー・ボーイングがアメリカ・シアトルに持つミュージアム・オブ・フライト。航空や宇宙に関連するアメリカ国内最大級のコレクションを所蔵しています。

学術的な研究や人々の生涯学習に役立つ歴史的に貴重な航空機を収集・保存し、展示することをミッションとして掲げています。中でも、グレート・ギャラリーは、6階建て相当の巨大空間に39機の歴史的な航空機の実機が一堂に会したダイナミックな空間となっています。

 

航空宇宙の歴史に関する新しい展示を継続的に展開

同ミュージアム内では、ボーイングの最初の工場であった、「赤い小屋」を移設して創業の歴史を紹介するほか、多岐にわたるテーマを設定し、新しい展示を作り続けています。

例えば、第二次世界大戦中に活動したカメラマン、技術者、射撃手等の物語に関する展示「語られなかった物語-第二次世界大戦から75年」(2020年新設)や、ベトナム戦争中の航空機を使った戦いについての展示「分断されたベトナム-東南アジアの戦争」(2018年新設)等、航空宇宙の歴史に関する常設展示を相次いで更新。加えて、アメリカとソ連の宇宙開発競争についての展示「アポロ」(2019年新設)を長期的な特別展示として展開しています。

1983年にオープンした施設であり、古くから活動を続けるミュージアムですが、このように頻繁に展示を更新し、新しい歴史展示を提供し続けています。

観光客にも人気のミュージアム。同館のミッションにある「歴史的に貴重な航空機を収集・保存し展示する」ということの中には、航空機にまつわる戦争史、地域史、宇宙開発の歴史等を残していくということも含まれていると思われます。航空機という大きな人気を誇るビッグコンテンツが持つさまざまな歴史とストーリーを伝え続けるという意気込みを感じる事例です。

まとめ

今回、企業ミュージアムにおける特色のある歴史展示について紹介しました。

展示制作において世界中の従業員を巻き込んだニューバランス、歴史を印象的に魅せる展示をミュージアムのシンボルとしたディオール、継続的に航空機にまつわる歴史を紐解き続けるボーイングと、特徴的な歴史展示といっても、重視するポイントがあることがわかります。訴求力のある歴史展示をつくるために、資料の内容や収集プロセスを工夫する、資料の見せ方や演出方法を工夫する、更新性や継続性を担保するなど、さまざまな方法があります。

上記の事例を見ると、歴史展示では、時系列で出来事を紹介するよりも、来館者がテーマ性を感じる、実物(レプリカを含め)を見られる、没入感を得られる等が効果的なのではないかと考えられます。学校での歴史の授業を振り返っても、出来事の羅列よりも、歴史上の人物の偉業や失敗などのストーリーの方が印象に残っているのではないでしょうか。製品開発ストーリー、多様で多彩な製品群、秀でた技術開発等、自社の中にある素材を集め、抽出、編集し、どのような形でアウトプットすることが最も効果的か、自社のスピリットやブランド・イメージを的確に表現できるのかを検討していくことが重要になるでしょう。

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[目的別活用例] 企業の歴史展示施設を企業ミュージアムで実現

レポート執筆者
丹青研究所

レポートを執筆した丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。
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多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。

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