体験型ミュージアムの海外事例をご紹介
Date: 2024.01.23
訴求力を高め、展示等コンテンツの理解を促進するため、多くのミュージアムでは来館者に体験してもらう手法を取り入れています。視覚だけでなく、触覚、味覚、嗅覚、聴覚を刺激するコンテンツで、より伝えたいことを印象づけることができる手法です。今回は、比較的新しい企業ミュージアムや活発に活動を続けている企業ミュージアムで、どのように体験要素が付加されているのか、海外の事例をご紹介します。
※このレポートは2024年1月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。
目次
体験型展示とエンターテイメント性のあるアトラクションで来館者に訴求
蒸留酒の大手企業によるショールーム施設内のミュージアム
ミクス・エクスペリエンスは、フランスの蒸留酒の大手企業、ペルノ・リカール・フランスがマルセイユの本社社屋に付帯して設置した企業ミュージアムです。施設名に「体験」を冠しているだけあって、企業やその製品について体験しながら知ることができる場となっています。
2020年にペルノ・リカール・フランスは、ペルノ社とリカール社が合併して誕生した企業であり、合併を機に、マルセイユの複合施設、レ・ドック内に新本社を設置しました。レ・ドックは大型倉庫を転用した施設であり、新本社オフィスは6階に入居しています。これにあわせて、1階にある商業施設レ・ドック・ヴィラージュ内に、同社のショールーム空間として、2021年にミュージアムを含むミクス(Mx)をオープンさせています。ミクスという施設名は、異なる人々の混成(mixité)と混交・集まり(mélange)、カクテルスタイルのミクソロジー(mixologie)にかけたもので、マルセイユの町の多様性もイメージして付けられたとのことです。
ミクスは、ミュージアムであるミクス・エクスペリエンスのほか、ミクス・ショップ、ミクス・バー、ミクス・フード(レストラン)で構成されています。
原材料のアニスをテーマにした展示
ミクス・エクスペリエンスでは、製品の原材料として使われているハーブであるアニスをテーマとして展開されています。同社の名前を冠する製品、ペルノにもリカールにも、アニスが使われているとのこと。重要な原材料を紹介しつつ、各製品の製造方法等を伝える展示となっています。
展示室内中央のサークル状のエリアでは、アニスをはじめとした、40以上の自然由来の原材料をフラスコ状のボトルで展示するとともに、天井と床面の映像でアニスについて印象づけます。全体として、来館者とのインタラクションを重視した展示となっており、試料ビンに入ったハーブの香りを嗅いでみる、デジタル引き出しを開けて情報を得る、オブジェクトを指定の場所に置くとモニターに情報が現われるなどの体験型展示で構成されています。
マルセイユの町を体験できる4Dシアター
マルセイユは同社にとって創業の地であり(ペルノ社の創業地)、地元の原材料と世界からの原材料を活用した製品を作っている場であること等から、同社はマルセイユという土地を重視しています。マルセイユを紹介するため、メアリ(シトロエンのオープンカー)に乗ってマルセイユの各所をバーチャル体験するという4Dシアターを設置しています。
このようなエンターテインメント性のあるアトラクションを提供しているほか、フランス南部の新鋭アーティストを紹介する企画展も行っているそうです。
飲料メーカーらしい、五感を活用した展示展開となっているとともに、エンターテインメントの要素を付加していることが特徴的です。いずれも、企業について伝え、印象づける展示となっています。
めぐる楽しみ、試食する楽しみを組み合わせた展開
チョコレートメーカーによる体験型企業ミュージアム
スイスのチョコレートメーカーであるリンツが2020年、本社敷地内に企業ミュージアムを設置しました。このリンツ・ホーム・オブ・チョコレートは、1億スイスフラン(約168億円※2023年12月4日のレートにて換算)以上が投じられ、7年かけて進められたプロジェクトとのことです。
エントランス入ってすぐのアトリウムには、看板商品であるリンドールを模した約1,400kgの本物のチョコレートが循環する高さ9m超のチョコレート・ファウンテンが設置され、インパクトのある景観をつくりだしています。
同施設は、チョコレートに関するインタラクティブで没入型の展示、未来のチョコレート・レシピのためのリサーチ開発ラボ、工場、チョコレート・ショップ、カフェとオフィスで構成されています。
展示室内をめぐりながら、試食できる
施設内部の様子はこちらの動画で紹介されています。ブランド・アンバサダーであるテニス選手、ロジャー・フェデラーが開館1日前に間違えて来てしまい、ショコラティエ(チョコレート専門の菓子職人)が施設内を案内するというミニドラマ仕立てで、ただの施設紹介にはとどまらない楽しい動画となっています。
常設展示は上記の動画でわかるように、ジオラマや大型映像、インタラクティブ映像を活用し、チョコレートの歴史、製造方法やリンツの歴史をダイナミックな展示手法で紹介。展示室内を進むと、研究室のようなしつらえの部屋に試食用のチョコレート・ファウンテンが設置され、ダーク・ホワイト・ミルクの3種類のチョコレートを試食できるコーナー、試食用の板チョコが出てくるマシンがあるコーナーへと続きます。また、ボールがからくり装置の上を転がり、最後にはボールの代わりにチョコレートがでてくるマシン、各種リンドールを試食できるコーナーも設置されており、各所で試食ができるとともに、チョコレート・ファウンテンやマシン等、味わうだけでなく、視覚的にも体験としても楽しめる工夫がなされています。
このように、展示見学の最後に試食できるという形ではなく、展示室内を巡りながら、各所でさまざまな方法で試食を楽しめる場をつくっています。
自分だけのチョコレートをデザインできるプログラムも
同施設を見学する際には、ショコラティエによるガイドツアーも提供されています。ガイドツアーでは、上記のような試食のほか、チョコレート製造の原材料や中間製品の試食ができるそうです。
さらには、リンツのチョコレート工房の雰囲気の中でチョコレート製作が体験できるクラスもあります。チョコレートの成型や充填、トッピング等を体験し、自分だけのチョコレートをつくることができるクラス、シャンパントリュフを作るクラス等に予約なしで参加できます。また、グループや企業向けに予約制でもチョコレート製作のクラスを実施しているということです。
展示体験の中に試食を組み込んだ構成。展示室全体が、目で見て、匂いをかいで、舌で楽しめるものとなっており、次は何かと楽しみになるような工夫がなされています。
充実したファミリー向け体験アクティビティ
ヘルスケア製品や医療機器を製造する企業のミュージアム
ヘルスケア製品や医療機器を製造する、オランダに拠点を置く企業フィリップスの企業ミュージアムであるフィリップス・ミュージアム。オランダのアイントホーフェンに建てられた最初の工場が立地していた敷地に2013年にオープンしました。創業者であるヘラルド・フィリップスが使用していた創業当時の工場内部を再現した空間を中心に、白熱電球の製造から始まったフィリップスがラジオ、テレビ、電気カミソリ等の家庭用品から、医療機器の製造までを行ってきた歴史を展示しています。
地元のリビングルームとして機能拡充をめざす
館長のインタビューによると、同施設は単に技術を紹介する施設ではなく、地元であるアイントホーフェンの歴史やアイデンティティを反映したものであり、かつ未来にもフォーカスする施設であるそうです。現代的なテーマや技術開発に対応することをめざしており、AIをテーマとした新しい展示が近くオープンするとのこと。さらには、アイントホーフェンのブレインポート(ミュージアムが立地する地区)の「リビングルーム」になるべく、ミュージアムの機能を拡充したいとも語り、同地区に立地するテクノロジー企業との関係性についても紹介したいとしています。
ファミリーを対象としたアクティビティで、来館者と深く関わる
これに加え、同施設は子どもから大人までを楽しませ、刺激を与える教育プログラムを提供しています。ウェブサイトには、ファミリー向けのアクティビティが複数紹介されており、例えば、展示室内を活用したプログラムとして以下が展開されています。4~8歳向けには、ブラックライトを手に持ちながら、展示室に隠されたマークを探すという宝探しゲーム「トーチライト・トレジャー・ハント」、8歳以上の子どもには、iPadを用いて、展示室内各所でクイズやゲームに挑戦する「ミッション・ユーレカ」が用意されています。
さらには、「ミュージアム・キッズ・ファクトリー」というプログラムでは、機械やエレクトロニクスについて学べる工作ワークショップを提供、さまざまな材料を使った工作や、3Dプリンターや3Dペンを使った工作、電子回路制作等を提供しています。このようなプログラムの重要性は、上記のインタビューで館長も強調しており、魅力的なトピックとインスピレーションを提供するリソースであるべく努力しているとのことです。
ミュージアムでの体験は、インタラクティブな体験型「展示」に限らず、ミュージアムで行われる体験型「プログラム」でも可能だということがわかります。特に、展示室を活用したプログラムでは、展示との相乗効果を生み、コンテンツをより深く、訴求力高く伝えることができるのではないでしょうか。
今回の事例では、体験型の展示を展開する施設、そして体験型のプログラムを提供する施設を紹介しました。体験型の展示を活用することで、ミクス・エクスペリエンスでは、アニスという原材料について、そしてマルセイユについて興味を持って理解を深めてもらうことをめざしています。また、リンツ・ホーム・オブ・チョコレートではリンツが提供するチョコレートの幅広さや製造方法を、実際に味わいながら理解してもらうことに寄与していると言えるでしょう。「体験する」ことで、それぞれのコンテンツが一歩自分に近づくような、自分事になるような効果が生み出されるのではないでしょうか。
BtoB向けの施設は別として、一般を対象とした企業ミュージアムに、一個人として訪れる動機を思い浮かべると、その施設が自身や自身の子どもが楽しめる、ためになるということが大きいのではないかと思います。日本の企業ミュージアムにも事例が多くあると思いますが、STEAM教育(科学・技術・工学、芸術、数学の領域を対象とした分野横断的な教育)が注目される昨今、フィリップス・ミュージアムで行われているような、家族向けアクティビティは需要が高いと思われます。ワークショップ形式のアクティビティも効果的ですが、フィリップス・ミュージアムで行われているような、展示室を活用したアクティビティは、展示をよりよく観察するきっかけになり、展示の理解を深めるサポートになるでしょう。既にある展示に対して、体験的要素のあるアクティビティを付加することもできるのではないでしょうか。
レポート執筆者
丹青研究所
レポートを執筆した丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。
文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。
多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。
丹青研究所の紹介サイトはこちら