プロジェクションマッピングの活用事例|博物館や科学館での海外事例を紹介
Date: 2024.11.05
現実世界の物や空間をスクリーンとして、特別に制作されたイメージの世界を映し出すプロジェクションマッピングは、博物館や科学館といった展示空間においても多様な表現を可能にしてくれます。ここでは、展示物の解説や演出、あるいは展示コンテンツそのものにプロジェクションマッピングを活用し、印象的な展示づくりを行っている海外事例を紹介します。
※このレポートは2024年11月に執筆されたものです。
※レポート内のリンクは執筆時に確認した外部Webサイトのリンク、画像はイメージ画像になります。
目次
- 実物へのプロジェクションマッピングで伝統的家屋の用途と歴史的変遷を解説
- 歴史ある博物館がリニューアル、現代的ツールをフル活用
- アニメーション映像と実物が重なり合う美的な演出=解説
- 映像とデジタルコラージュが生み出す新たなまなざし
- 展示室全体をプロジェクションマッピングで演出する超大型常設展示
- 唯一無二の建物と映像インスタレーションがカタールの歴史探訪へ誘う
- 壁の形状を活かしたプロジェクションが生む独特の没入感
- 各室のテーマに合わせて異なる風景を投影
- 変幻自在なプロジェクションマッピングで未知のフロンティアを探求
- 様々な体験型展示やアトラクションが魅力の科学教育施設
- 投影用のキャンパスとキューブ型造形物で定期的なコンテンツ刷新を実現
- まとめ
実物へのプロジェクションマッピングで伝統的家屋の用途と歴史的変遷を解説
歴史ある博物館がリニューアル、現代的ツールをフル活用
アルラタン博物館は、南仏アルルの衣装や民芸品・各種史料を通じて、18世紀末から今日までの人々の日常生活を紹介する民族誌博物館です。プロヴァンスを愛し、プロヴァンス語の保護に努めた詩人のフレデリック・ミストラル(1830~1914年)が、ノーベル文学賞の賞金を基に開設しました。現在はブーシュ・デュ・ローヌ県の公立館として運営されており、収蔵品数は約4万点に及びます。
2009年に改装工事を開始してから長い間休館していましたが、2021年5月に活動を再開。新たに設計した見学コースでは様々な現代的ツール・演出を活用しています。全56のマルチメディア設備は一連の民族誌コレクションに文脈を与えるためのもので、それまでの展示内容(衣装・儀礼・慣習・歌・彫刻・絵画)に新たな奥行きを加えました。ハンディキャップのある人に配慮した触れる模型を各所に配置したのも、今日のニーズに応えるための試みです。
アニメーション映像と実物が重なり合う美的な演出=解説
新しい常設展示はアルラタン博物館にまつわる5つの時代(「起源」「1900年代」「1940年代」「1970年代」「今日」)がテーマとなっています。そのうち「1970年代」のエリアでは、展示物のひとつであるカマルグの民家(この地方の伝統的家屋で1940年代に同館に移設)へのプロジェクションマッピングを見ることができます。これは、展示解説を兼ねた演出となっており、塩田で働く人、かご細工職人、漁師、家畜の番人など、様々な生業の人々の一時的な住まいだった時代から、バカンス用の別荘としての再投資が始まる60年代までを表現。視覚的・音声的な表現を家屋本体に重ね合わせることで、19世紀以来カマルグの風景を彩ってきた特徴的な家屋の様々な用途を理解できるようにしています。その巧みな演出はこちらから確認可能です。
映像とデジタルコラージュが生み出す新たなまなざし
このほかにも、常設展示の導入部分では過去と現在のイメージで構成された没入的な映像を、出口付近では現代プロヴァンスの風景のカレイドスコープを投影。それぞれに異なる映像表現を通して、新たな目でコレクションを見る手がかりを提供しています。
内装面では、館のコレクション群の写真をもとにしたデジタルコラージュ「プロヴァンスとカマルグのトーテム」も見どころのひとつ。アルル出身のファッションデザイナー、クリスチャン・ラクロワが制作したもので、常設展示の全フロアに通じる大階段から眺めることができます。
ともすると古びた印象を与えていたかもしれない展示物に、映像による美的な解説を重ね合わせた事例。臨場感あふれる新鮮な演出は、歴史や文化への理解をより深いものにしてくれるでしょう。
展示室全体をプロジェクションマッピングで演出する超大型常設展示
唯一無二の建物と映像インスタレーションがカタールの歴史探訪へ誘う
2019年3月、新しいカタール国立博物館がその門戸を開きました。設計を手がけたのは有名建築家のジャン・ヌーヴェル。旧カタール国立博物館の跡地に建てられた建物は、無数の円盤状の「花びら」が複雑に組み込まれた屋根が特徴的。カタールの砂漠で見られるバラのような形状をした石「砂漠のバラ」から着想を得たもので、カタールの文化や風土をオマージュしています。
常設展示は、「はじまり」「カタールの生活」「カタールの近代史」の3章構成。プロジェクションマッピングの技術を駆使した映像インスタレーションと、様々な展示物(動植物の化石、考古学的遺物、数世紀にわたりカタールと世界をつないできた真珠産業にまつわる宝石や衣装、石油・天然ガスの発見以降の都市開発に関わる資料など)を通して、先史時代から現代までのカタールの歴史をたどる内容となっています。
壁の形状を活かしたプロジェクションが生む独特の没入感
カタール国立博物館の内部は、角度のついた壁に誘われる迷路のような形状をしています。その建築的特性上、何かを吊るしたり装飾したりすることが難しいため、映像に大きく依存した展示方法を取っています。投影されるコンテンツは映画製作者らが特別に制作したもので、常設の映像インスタレーションとしては世界最大級。地域の文化や歴史に関する高解像度のアートフィルムとなっており、傾いた壁への入念なマッピングにより、展示されているコレクションの物語を生き生きと表現しています。没入感のある展示空間はバーチャルツアーでも公開しています。
各室のテーマに合わせて異なる風景を投影
例として、いくつかの展示室を見てみましょう。「カタールの形成」では、中央のディスプレイで7つの時代の動植物の化石を展示。壁面に映し出される映像作品が絶滅した生命体に命を吹き込みます。カタール半島をつくりだした複雑な地質学的プロセスについて学べるインタラクティブな設備もあります。
「砂漠の暮らし」では、三面の壁に投影される映像を通して砂漠の野営地の一日を紹介。映像には、この部屋で展示されているものと同じ品(テント、鷹狩りの道具、伝統的な衣服など)が登場します。「産業と革新」の展示室は、カタール史における2つの転換点である真珠産業の崩壊と石油の発見に焦点を当てています。高揚感を与えるドラマチックな映像は、同館のハイライトのひとつとされています。
こうした展示の最終的な目的は、カタールの人々のアイデンティティと価値観、伝統を反映すること。とある建築専門誌は、展示物の傍らで行われるプロジェクションの演出効果に着目し、「ミュージアムの壁は常に平らであるべきだと主張する人々への強い反論となっている」と評価しています。
建物の建築的特性と呼応した、唯一無二の映像インスタレーション。映画監督やアーティストが手がける映像は各室のテーマに合わせてがらりと変わり、見応えも十分です。
変幻自在なプロジェクションマッピングで未知のフロンティアを探求
様々な体験型展示やアトラクションが魅力の科学教育施設
シンガポール・サイエンス・センターは、シンガポール国立博物館(1849年設立)から分化する形で設置された科学館です。シンガポール有数の科学教育施設として、好奇心を刺激する多彩な体験型展示を提供するほか、科学を楽しく学べるショーやデモンストレーションを毎日開催しています。同じ敷地内には、子ども科学館や屋内スノーセンター、ドーム型アイマックス・シアターも併設し、大人も子どもも一日中楽しめる人気スポットとなっています。
約20の常設展示のうち、2015年12月から提供中の「イマーシブ・エクスペリエンシアル・エンバイロンメンツ(E-mmersive Experiential Environments、通称:E3)」は、プロジェクションマッピングやVRなどの最新テクノロジーで構築された様々なバーチャル環境を体験できる没入型展示。一般の人々が容易にアクセスできない環境への「移送・移動」を通して、科学の根幹に関わる「未知のフロンティアの探求」を促すことを狙いとしています。
投影用のキャンパスとキューブ型造形物で定期的なコンテンツ刷新を実現
「E3」の空間は、フロア内全体を取り囲む高さ7.5m、長さ70m投影用キャンパスと、その付近に置かれた7m四方のキューブ型の投影用造形物で構成されています。この2つをスクリーンとしたプロジェクションマッピングが大きな目玉。パナソニックのレーザー光源プロジェクターを使用しており、ASEAN地域でこの器材を使用したインスタレーションとしては最大級の規模を誇ります。
コンテンツは「海」や「宇宙」など定期的に差し替えられ、現在のテーマは「森」。リアルタイム3Dレンダリング技術を駆使した空間の中で、森の昼夜の移り変わりや天候の変化を体験できるほか、川に暮らす魚たちと触れ合うことも可能です。設置当時の様子は動画から垣間見ることができます。
投影用のキャンパスとキューブ型造形物を用いた、汎用性の高いプロジェクションマッピング。コンテンツが定期的に変わり何度来ても楽しめるので、リピーターも増えそうです。
まとめ
最近ではすっかり定着した感のあるプロジェクションマッピングですが、屋内での活用、それも単発のイベントではなく展示技術としての活用方法にこれだけのバリエーションがあることに驚かれたのではないでしょうか。
アルラタン博物館のアプローチは、「物」を対象としたプロジェクションマッピングの典型例。美しい映像を通して昔の家屋を演出すると同時に、この家屋と共にあった様々な風景を伝えています。カタール国立博物館は、各展示室内の「壁」を文字通りスクリーンに変えました。迫力ある映像と厳選された展示物が互いを引き立て合い、各室のテーマを印象づけています。シンガポール・サイエンス・センターの場合は、プロジェクションマッピングのために設計された特別な「空間」に特徴があります。投影用の壁とキューブ型の造形物というシンプルな組み合わせによって、さまざまな世界を創出できるようになっています。
ただ映像を見せるだけではなく、展示物や展示空間と一体化した新たな表現を追求できるのは、プロジェクションマッピングの大きな魅力です。いわばビジュアルアートと映像技術の融合であるがゆえに、投影される物や空間そのものを演出し、イメージの形で情報を伝え、これまでにない体験を提供することが可能です。今回ご紹介した三つの事例からうかがえるように、その高い表現力は、博物館や科学館といった展示空間とも好相性といえるでしょう。
レポート執筆者
丹青研究所
レポートを執筆した丹青研究所は、日本唯一の文化空間の専門シンクタンクです。
文化財の保存・活用に関わるコンサルや設計のリーディングカンパニーであるとともに、近年は文化観光について国内外の情報収集、研究を推進しています。
多様な視点から社会交流空間を読み解き、より多くの人々に愛され、求められる空間づくりのサポートをさせていただいております。
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